管子 / 幼官
舉機誠要則敵不量,用利至誠則敵不校,明名章實則士死節,竒舉發不意則士歡用,交物因方則械器備,因能利備則求必得,執務明本則士不偷。備具無常,無方應也。聽於鈔故能聞未極,視於新故能見未形,思於濬故能知未始,發於驚故能知無量,動於昌故能得其寳,立於謀故能實不可故也。器成教守則不逺道里,號審教施則不險山河,博一純固則獨行而無敵,慎號審章則其攻不待權與,明必勝則慈者勇,器無方則愚者智,攻不守則拙者巧,數也。動慎十號,明審九章,飾習十器,善習五官,謹修三官,必設常主,計必先定。求天下之精材,論百工之銳器,器成角試否臧。收天下之豪傑,有天下之稱材,說行若風雨,發如雷電。此居於圖方中。
新字:舉機誠要則敵不量,用利至誠則敵不校,明名章実則士死節,奇舉発不意則士歓用,交物因方則械器備,因能利備則求必得,執務明本則士不偸。備具無常,無方応也。聴於鈔故能聞未極,視於新故能見未形,思於濬故能知未始,発於驚故能知無量,動於昌故能得其宝,立於謀故能実不可故也。器成教守則不遠道里,号審教施則不険山河,博一純固則独行而無敵,慎号審章則其攻不待権与,明必勝則慈者勇,器無方則愚者智,攻不守則拙者巧,数也。動慎十号,明審九章,飾習十器,善習五官,謹修三官,必設常主,計必先定。求天下之精材,論百工之鋭器,器成角試否臧。収天下之豪傑,有天下之称材,説行若風雨,発如雷電。此居於図方中。
書き下し
機を舉げて誠に要なれば則ち敵量らず、利を用いて至誠なれば則ち敵校べず、名を明らかにし實を章らかにすれば則ち士節に死し、奇を舉げて不意に發すれば則ち士用いらるるを歡び、物を交え方に因れば則ち械器備わり、能に因り備を利くすれば則ち求めて必ず得、務を執り本を明らかにすれば則ち士偷まず。備具に常無きは、方無くして應ずればなり。鈔に聽く、故に能く未だ極まらざるを聞く。新に視る、故に能く未だ形れざるを見る。濬に思う、故に能く未だ始まらざるを知る。驚に發す、故に能く無量を知る。昌に動く、故に能く其の寶を得。謀に立つ、故に能く實にして故る可からざるなり。器成り教守らるれば則ち道里を遠しとせず、號審らかに教施さるれば則ち山河を險しとせず、博く一にして純固なれば則ち獨行して敵無く、號を慎み章を審らかにすれば則ち其の攻むるに權與を待たず。必勝を明らかにすれば則ち慈者も勇に、器に方無ければ則ち愚者も智に、守らざるを攻むれば則ち拙者も巧なり、數なり。十號を動慎し、九章を明審し、十器を飾習し、五官を善習し、三官を謹修し、必ず常主を設け、計必ず先ず定む。天下の精材を求め、百工の銳器を論じ、器成りて角試して否臧す。天下の豪傑を收め、天下の稱材を有つ。說いて行くこと風雨の若く、發すること雷電の如し。此れ圖の方中に居る。
現代語訳
機を挙げてそれがまことに要をつかんでいれば敵は測れず、利を用いて誠を尽くせば敵は比べられず、名を明らかにし実を明らかにすれば士は節に殉じ、奇をもって不意に発すれば士は用いられることを喜び、物を取り交ぜて土地柄に従えば武具は備わり、能力に応じて備えを鋭くすれば求めて必ず得られ、務めを執って本を明らかにすれば士は手を抜かない。備えに決まった形がないのは、形にとらわれずに応じるからである。抜き書きに耳を傾ける、だからまだ極まらないうちに聞ける。新しいものを見る、だからまだ形にならないうちに見える。深く思う、だからまだ始まらないうちに知れる。驚きから発する、だから量りしれないものを知る。盛んなときに動く、だからその宝を得る。はかりごとに立つ、だから実があって古びない。器ができ教えが守られれば道のりを遠いとせず、号令がはっきりし教えが行き渡れば山河を険しいとせず、広く一つにまとまって固ければ単独で動いて敵がなく、号を慎み章をはっきりさせれば、攻めるのに同盟を待たない。必ず勝つとわかっていれば情け深い者も勇ましくなり、器に決まった形がなければ愚かな者も知恵が回り、守っていない所を攻めれば不器用な者も巧みになる。これが数である。十の号を慎んで動かし、九つの章をはっきりさせ、十の器を整え習わせ、五官をよく習わせ、三官を謹んで修め、必ず常の主を置き、計を必ず先に定める。天下の精良な材を求め、多くの職人の鋭い器を評し、できあがった器は競い試して良し悪しを分ける。天下の豪傑を収め、天下の名だたる才を持つ。説いて行くことは風雨のようであり、発することは雷電のようである。これは図の中央に置かれる。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』備城門禽滑釐、子墨子に問いて曰く、聖人の言に由れば、鳯鳥出でず、諸侯、殷周の國に畔き、甲兵、方に天下に起こる。大は小を攻め、强は弱を執う。吾れ小國を守らんと欲す。之を為すこと奈何。子墨子曰く、何の攻をか之れ守らん。禽滑釐對えて曰く、今の世、常に攻むる所以の者は、臨・鉤・衝・梯・湮水・穴・□空洞・蟻傳・轒輼・軒車なり。服し問う、此の十二の者を守るは奈何。子墨子曰く、我が城池、修まり、守器、具わり、推粟、足り、上下、相い親しみ、又た四隣諸侯の救いを得ば、此れ持する所以なり。且つ守る者、善しと雖も、則ち若し以て守る可からざるなり。若し君、之を用いんに、守る者、又た必ず能くせんや。守る者、能くせずして、君、之を用いば、則ち猶お若し以て守る可からざるなり。然らば則ち守る者、必ず善くして、君、尊びて之を用い、然る後に以て守る可きなり。
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『管子』幼官圖機を舉げて誠に要なれば則ち敵量らず、利を用いて至誠なれば則ち敵校べず、名を明らかにし實を章らかにすれば則ち士節に死し、奇を舉げて不意に發すれば則ち士用いらるるを歡び、物を交え方に因れば則ち械器備わり、能に因り備を利くすれば則ち求めて必ず得、務を執り本を明らかにすれば則ち士偷まず。備具に常無きは、方無くして應ずればなり。鈔に聽く、故に能く極まり無きを聞く。新に視る、故に能く未だ形れざるを見る。濬に思う、故に能く未だ始まらざるを知る。驚に發す、故に能く無量に至る。昌に動く、故に能く其の寶を得。謀に立つ、故に能く實にして故る可からざるなり。器成り教守らるれば則ち道里を遠しとせず、號審らかに教施さるれば則ち山河を險しとせず、博く一にして純固なれば則ち獨行して敵無く、號を慎み章を審らかにすれば則ち其の攻むるに權與を待たず。必勝を明らかにすれば則ち慈者も勇に、器に方無ければ則ち愚者も智に、守らざるを攻むれば則ち拙者も巧なり、數なり。十號を動慎し、九章を明審し、十器を飾習し、五官を善習し、三官を謹修し、必ず常主を設け、計必ず先ず定む。天下の精材を求め、百工の銳器を論じ、器成りて角試して否臧す。天下の豪傑を收め、天下の稱材を有つ。說いて行くこと風雨の若く、發すること雷電の若し。此れ圖の方中に居る。
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『長短経』水火火を行うには必ず因有り〔姦人に因るなり〕、烟火素より具う。火を発するに時有り、火を起こすに日有り。時なる者は、天の燥なるなり。日なる者は、宿の箕・壁・参・軫に在るなり。凡そ此の四宿なる者は、風起こるの日なり〔蕭世誠云う「春の丙丁、夏の戊己、秋の壬癸、冬の甲乙、此の日に疾風猛雨有るなり。居りて太乙を勘うるに、中に飛鳥十精有り。風雨の期の如く、五子の元運の式、各々其の時を候い、火を用うべし」と。故に曰く「火を以て攻を佐くる者は明らかなり」と。何を以て之を言う。昔、楊□、桂陽の賊と相会す。□は皮を以て大排囊を作り、石灰を以て囊中に内れ、車上に置き、火燧を作りて、馬尾に繋ぎ、因りて上風より、排囊を鼓して灰を吹く。群賊目を眯す。因りて馬尾を焼き、賊陣に奔突せしむ。衆賊奔潰す。此れ火を用うるの勢いなり。殷浩北伐す。長史江逌、数百の鶏を取りて長縄を以て之を連ね、脚に皆火を繋ぐ。一時に駆放し、群鶏羌の営に飛散し、営皆燃ゆ。因りて之を撃ち、姚襄退走す。此れ火を用うるの勢いなり。李陵、大沢の草中に在り。虜は上風より火を縦つ。陵は下風より火を緩む。此れ火を以て火勢を解くなり。吾聞く、敵門を焼かば、火滅して門開かんことを恐れ、当に更に薪を積みて火を助け、火勢をして滅せざらしむべし、と。亦た火を解くの法なり。〕
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『墨子』備城門凡そ圍城を守るの法、厚くして以て髙く、壕や深くして以て廣く、樓撕・揗守の備え、繕い利し。薪食は以て三月以上に交うるに足り、人衆は以て選び、吏尺は和し、大臣の上に功勞有る者は多く、主は信にして義を以てし、萬民、之を樂しむこと窮まり無し。然らずんば、父母の墳墓、焉に在り。然らずんば、山林草澤の饒、利するに足る。然らずんば、地形の攻め難くして守り易きなり。然らずんば、則ち敵に深き怨み有りて上に大功有り。然らずんば、則ち賞、眀らかにして信ず可く、罰、嚴にして畏るるに足るなり。
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