墨子 / 備城門
禽滑釐問於子墨子曰:由聖人之言,鳯鳥之不出,諸侯畔殷周之國,甲兵方起於天下,大攻小,强執弱,吾欲守小國,為之奈何?子墨子曰:何攻之守?禽滑釐對曰:今之世常所以攻者,臨、鉤、衝、梯、湮水、穴、□空洞、蟻傳轒輼軒車,服問守此十二者奈何?子墨子曰:我城池修,守器具,推粟足,上下相親,又得四隣諸侯之救,此所以持也。且守者雖善,則若不可以守也。若君用之,守者又必能乎?守者不能,而君用之,則猶若不可以守也。然則守者必善,而君尊用之,然後可以守也。
新字:禽滑釐問於子墨子曰:由聖人之言,鳳鳥之不出,諸侯畔殷周之国,甲兵方起於天下,大攻小,強執弱,吾欲守小国,為之奈何?子墨子曰:何攻之守?禽滑釐対曰:今之世常所以攻者,臨、鉤、衝、梯、湮水、穴、□空洞、蟻伝轒輼軒車,服問守此十二者奈何?子墨子曰:我城池修,守器具,推粟足,上下相親,又得四隣諸侯之救,此所以持也。且守者雖善,則若不可以守也。若君用之,守者又必能乎?守者不能,而君用之,則猶若不可以守也。然則守者必善,而君尊用之,然後可以守也。
書き下し
禽滑釐、子墨子に問いて曰く、聖人の言に由れば、鳯鳥出でず、諸侯、殷周の國に畔き、甲兵、方に天下に起こる。大は小を攻め、强は弱を執う。吾れ小國を守らんと欲す。之を為すこと奈何。子墨子曰く、何の攻をか之れ守らん。禽滑釐對えて曰く、今の世、常に攻むる所以の者は、臨・鉤・衝・梯・湮水・穴・□空洞・蟻傳・轒輼・軒車なり。服し問う、此の十二の者を守るは奈何。子墨子曰く、我が城池、修まり、守器、具わり、推粟、足り、上下、相い親しみ、又た四隣諸侯の救いを得ば、此れ持する所以なり。且つ守る者、善しと雖も、則ち若し以て守る可からざるなり。若し君、之を用いんに、守る者、又た必ず能くせんや。守る者、能くせずして、君、之を用いば、則ち猶お若し以て守る可からざるなり。然らば則ち守る者、必ず善くして、君、尊びて之を用い、然る後に以て守る可きなり。
現代語訳
禽滑釐が墨子に尋ねた。聖人の言葉によれば、鳳凰は現れず、諸侯は殷周の国に背き、武器と兵がまさに天下に起こっている。大国は小国を攻め、強者は弱者を捕らえる。私は小国を守りたい。どうすればよいか。墨子が言った。どの攻め方を守るのか。禽滑釐が答えた。いまの世で常に用いられる攻め方は、見下ろす櫓、鉤、衝車、梯、水攻め、坑道、空洞、蟻のように取りつく攻め、轒輼車、軒車です。この十二の攻め方を守るにはどうしますか。墨子が言った。城と堀が整い、守りの器具がそろい、蓄えの穀物が足り、上下が互いに親しみ、そのうえ四方の諸侯の救援を得られれば、これで持ちこたえられる。ただし守る者が優れていても、用いられなければ守れない。もし君が用いても、守る者に力がなければどうか。力のない者を君が用いれば、やはり守れない。だから守る者が優れていて、しかも君がそれを尊んで用いる。そうしてはじめて守れるのだ。
解説

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孫子・作戦篇其の戦を用うるや、勝つを貴ぶ。久しければ則ち兵を鈍らせ鋭を挫き、城を攻むれば則ち力屈し、久しく師を暴せば則ち国用足らず。
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