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韓非子 / 五蠹第四十九

人主之聽說於其臣,事未成則爵禄已尊矣,事敗而弗誅,則游說之士孰不爲用矰繳之說而徼倖其後?故破國亡主以聽言談者之浮說。此其故何也?是人君不明乎公私之利,不察當否之言,而誅罰不必其後也。皆曰:「外事,大可以王,小可以安。」夫王者,能攻人者也,而安則不可攻也。强則能攻人者也,治則不可攻也。治强不可責於外,内政之有也。今不行法術於内,而事智於外,則不至於治强矣。

新字:人主之聴説於其臣,事未成則爵禄已尊矣,事敗而弗誅,則游説之士孰不為用矰繳之説而徼倖其後?故破国亡主以聴言談者之浮説。此其故何也?是人君不明乎公私之利,不察当否之言,而誅罰不必其後也。皆曰:「外事,大可以王,小可以安。」夫王者,能攻人者也,而安則不可攻也。強則能攻人者也,治則不可攻也。治強不可責於外,内政之有也。今不行法術於内,而事智於外,則不至於治強矣。

書き下し

人主の說を其の臣に聽くや、事未だ成らずして爵禄已に尊く、事敗れて誅せざれば、則ち游說の士孰か用ひて矰繳の說を爲して其の後を徼倖せざらん。故に國を破り主を亡ぼすは言談者の浮說を聽くを以てなり。此れ其の故何ぞや。是れ人君公私の利に明らかならず、當否の言を察せずして、誅罰其の後に必ならざればなり。皆曰く、「外事は、大は以て王たるべく、小は以て安んずべし」と。夫れ王者は、能く人を攻むる者なり、而して安ければ則ち攻むべからざるなり。强なれば則ち能く人を攻むる者なり、治まれば則ち攻むべからざるなり。治强は外に責むべからず、内政の有なり。今法術を内に行はずして、智を外に事とすれば、則ち治强に至らず。

現代語訳

君主が臣下の説を聞き入れる場合、事がまだ成らないうちに爵位や俸禄がすでに高く与えられ、事が失敗しても罰しないのなら、遊説の士の誰が、いぐるみで鳥を射落とすようなまぐれ当たりの説を唱えて、後の幸運を狙わないだろうか。だから国が破れ君主が滅びるのは、議論する者の浮ついた説を聞き入れるからである。それはなぜか。君主が公と私の利益の違いに明るくなく、言葉が当たっているかどうかを見きわめず、後になって処罰が必ず行われないからである。彼らは皆「外交をうまくやれば、大きくは王者になれ、小さくても安泰でいられる」と言う。だが王者とは人を攻めることのできる者であり、安泰とは攻められないことである。強ければ人を攻めることができ、治まっていれば攻められない。治まることと強くなることは国外に求めることはできず、内政によって得られるものである。今、国内で法と術を行わずに、国外で智謀を事とするなら、治まり強くなることはできない。

解説

五蠹篇で、外交論者の説をなぜ君主が聞き入れてしまうのか、その構造を分析する一段です。事が成る前に爵禄を与え、失敗しても罰しないなら、遊説家は当たれば儲けものの説をいくらでも唱える。矰繳は糸をつけて鳥を射る矢で、まぐれ当たりを狙う比喩です。韓非は、王者になるにも安泰でいるにも、必要なのは国内の治と強であり、それは外交ではなく内政の法術からしか生まれないと結論します。今の組織でも、成果が出る前に報酬が約束され、失敗しても責任を問われない提案は、魅力的に見えても危うい。足元の仕組みを固めるほうが先だという教えです。

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