韓非子 / 五蠹第四十九
法、趣、上、下,四相反也,而無所定,雖有十黄帝不能治也。故行仁義者非所譽,譽之則害功;文學者非所用,用之則亂法。楚之有直躬,其父竊羊,而謁之吏。令尹曰:「殺之!」以爲直於君而曲於父,報而罪之。以是觀之,
新字:法、趣、上、下,四相反也,而無所定,雖有十黄帝不能治也。故行仁義者非所誉,誉之則害功;文学者非所用,用之則乱法。楚之有直躬,其父窃羊,而謁之吏。令尹曰:「殺之!」以為直於君而曲於父,報而罪之。以是観之,
書き下し
法・趣・上・下、四つながら相反して、定まる所無し、十黄帝有りと雖も治むる能はず。故に仁義を行ふ者は譽むる所に非ず、之を譽むれば則ち功を害す。文學なる者は用ふる所に非ず、之を用ふれば則ち法を亂る。楚に直躬有り、其の父羊を竊み、而して之を吏に謁す。令尹曰く、「之を殺せ」と。以爲へらく君に直にして父に曲なりと、報じて之を罪す。是を以て之を觀れば、
現代語訳
法が禁じるもの、民の向かうもの、上が取り立てるもの、下の役人が罰するものの四つが互いに食い違い、定まるところがなければ、たとえ黄帝が十人いても治めることはできない。だから仁義を行う者は褒めるべきではない。褒めれば功績を損なう。学問をする者は用いるべきではない。用いれば法が乱れる。楚に直躬という正直者がいて、父が羊を盗んだことを役人に訴え出た。楚の宰相である令尹は「この者を殺せ」と言った。君主に対しては正直だが、父に対しては道にもとると考え、裁いて罰したのである。このことから見ると、
解説
五蠹篇で、法と世評と上下の判断がばらばらでは誰にも国は治められないと述べ、有名な「直躬」の説話に入る一段です。直躬が父の羊泥棒を訴え出た話は『論語』子路篇にも見え、孔子は「父は子のために隠し、子は父のために隠す」と答えました。韓非はこれを逆手に取り、楚の令尹が直躬を罰したために、以後楚では悪事が上に届かなくなった、という続き(既存の句)へつなげて、孝と忠は両立しないと論じます。今の組織でも、内部告発した人がかえって不利益を受けるなら、誰も問題を報告しなくなる、という構図は変わりません。
関連する章句
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『長短経』詭信〔韓子曰く「楚に直躬なる者有り。其の父羊を竊みて之を吏に訐く。令尹曰く『必ず之を殺せ』と。以為えらく、君に直にして父に曲なりと。其の子を執えて之を罪す。是を以て之を観れば、夫れ君の直臣は、父の暴子なり。魯人、君に従いて戦い、三たび戦いて三たび北ぐ。仲尼其の故を問う。対えて曰く『吾に老父有り。死すれば之を養う莫し』と。仲尼以て孝と為し、挙げて之を用う。是を以て之を観れば、夫れ父の孝子は、君の北人なり。故に令尹誅して、楚の姦止まず。仲尼賞して、魯の人降り易し。此れ上下の利、是くの若く其れ異なるなり。而して人主兼ねて匹夫の行いを挙げて、社稷の福を致さんことを求むるも、必ず幾からず」と。〕
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論語・子路篇葉公、孔子に語りて曰く、「吾が党に直躬なる者有り。其の父羊を攘みて、子之を証せり。」孔子曰く、「吾が党の直き者は是に異なる。父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きこと其の中に在り。」
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呂氏春秋・當務③楚に直躬なる者有り。其の父羊を竊みて之を上に謁ぐ。上執えて將に之を誅せんとす。直躬なる者之に代らんことを請う。將に誅せんとして、吏に告げて曰く、「父羊を竊みて之を謁ぐ、亦た信ならずや。父誅せられんとして之に代る、亦た孝ならずや。信且つ孝にして之を誅せば、國將た誅せられざる者有らんや。」荊王之を聞き、乃ち誅せざるなり。孔子之を聞きて曰く、「異なるかな直躬の信為るや。一父にして載び名を取る。」故に直躬の信は、信無きに若かず。
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『韓非子』五蠹第四十九夫の君の直臣は、父の暴子なり。・・・夫の父の孝子は、君の背臣なり。上下の利は、是の若く其れ異なり。
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『韓非子』忠孝第五十一故に曰く、法を上びて賢を上ばず、と。記に曰く、「舜瞽瞍に見ゆ、其の容造焉たり。孔子曰く、『是の時に當りてや、危ふいかな、天下岌岌たり。有道者は、父も固より得て子とせず、君も固より得て臣とせざるなり』」と。臣曰く、孔子は本未だ孝悌忠順の道を知らざるなり。然らば則ち有道者は、進みては主臣と爲らず、退きては父子と爲らざるか。父の賢子有らんことを欲する所以の者は、家貧しければ則ち之を富まし、父苦しめば則ち之を樂しましむればなり。君の賢臣有らんことを欲する所以の者は、國亂るれば則ち之を治め、主卑しければ則ち之を尊くすればなり。今賢子有りて父の爲にせざれば、則ち父の家に處るや苦しむ。賢臣有りて君の爲にせざれば、則ち君の位に處るや危ふし。然らば則ち父に賢子有り、君に賢臣有るも、適に以て害を爲すに足るのみ、豈に利を得んや。所謂忠臣は、其の君を危ふくせず。孝子は、其の親を非とせず。今舜は賢を以て君の國を取り、而して湯・武は義を以て其の君を放弑す、此れ皆賢を以て主を危ふくする者なり、而して天下之を賢とす。古の烈士は、進みては君に臣たらず、退きては家を爲めず、是れ進みては則ち其の君を非とし、退きては則ち其の親を非とする者なり。且つ夫れ進みては君に臣たらず、退きては家を爲めざるは、亂世絶嗣の道なり。是の故に堯・舜・湯・武を賢として烈士を是とするは、天下の亂術なり。瞽瞍は舜の父爲りて舜之を放ち、象は舜の弟爲りて之を殺す。父を放ち弟を殺すは、仁と謂ふべからず。帝の二女を妻として天下を取るは、義と謂ふべからず。仁義有る無きは、明と謂ふべからず。《詩》に云ふ、「普天の下、王土に非ざる莫く、率土の濵、王臣に非ざる莫し」と。信に《詩》の言の若くんば、是れ舜は出でては則ち其の君を臣とし、入りては則ち其の父を臣とし、其の母を妾とし、其の主の女を妻とするなり。故に烈士は内には家を爲めず、世を亂し嗣を絶ち、而して外には君に矯り、朽骨爛肉、土地に施し、川谷に流れ、水火を蹈むを避けず。
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『韓非子』五蠹第四十九故に十仞の城、樓季も踰ゆる能はざる者は、峭なればなり。千仞の山、跛牂も牧し易き者は、夷なればなり。故に明王は其の法を峭にして其の刑を嚴にするなり。布帛尋常なるも、庸人釋てず。鑠金百溢なるも、盜跖掇はず。必ずしも害あらざれば則ち尋常を釋てず、必ず手を害すれば則ち百溢を掇はず、故に明主は其の誅を必にす。是を以て賞は厚くして信なるに如くは莫し、民をして之を利とせしむ。罰は重くして必なるに如くは莫し、民をして之を畏れしむ。法は一にして固なるに如くは莫し、民をして之を知らしむ。故に主賞を施して遷さず、誅を行ひて赦す無く、譽其の賞を輔け、毁其の罰に随へば、則ち賢・不肖俱に其の力を盡くす。今則ち然らず、其の功有るを以て之を爵して、其の士官を卑しむ。其の耕作するを以て之を賞して、其の家業を少なしとす。其の收められざるを以て之を外にして、其の世を輕んずるを高しとす。其の禁を犯すを以て之を罪して、其の勇有るを多とす。毁譽・賞罰の加はる所の者、相與に悖繆す、故に法禁壞れて民愈々亂る。今兄弟侵さるれば、必ず攻むる者は、廉なり。知友辱めらるれば、随ひて仇する者は、貞なり。廉貞の行成りて、君上の法犯さる。人主貞廉の行を尊びて、禁を犯すの罪を忘る、故に民勇を程りて、吏勝つ能はざるなり。力を事とせずして衣食するは、則ち之を能と謂ひ、戰功あらずして尊きは、則ち之を賢と謂ふ。賢能の行成りて、兵弱く地荒る。人主賢能の行を說びて、兵弱地荒の禍を忘るれば、則ち私行立ちて公利滅ぶ。儒は文を以て法を亂し、俠は武を以て禁を犯す、而るに人主兼ねて之を禮す、此れ亂るる所以なり。夫れ法を離るる者は罪せらるるに、諸先生は文學を以て取られ、禁を犯す者は誅せらるるに、羣俠は私劒を以て養はる。故に法の非とする所は、君の取る所、吏の誅する所は、上の養ふ所なり。