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韓非子 / 六反第四十六

今上下之接,無子父之澤,而欲以行義禁下,則交必有郄矣。且父母之於子也,産男則相賀,産女則殺之。此俱出父母之懷袵,然男子受賀,女子殺之者,慮其後便,計之長利也。故父母之於子也,猶用計算之心以相待也,而況無父子之澤乎?今學者之說人主也,皆去求利之心,出相愛之道,是求人主之過父母之親也,此不熟於論恩,詐而誣也,故明主不受也。

新字:今上下之接,無子父之沢,而欲以行義禁下,則交必有郄矣。且父母之於子也,産男則相賀,産女則殺之。此倶出父母之懐袵,然男子受賀,女子殺之者,慮其後便,計之長利也。故父母之於子也,猶用計算之心以相待也,而況無父子之沢乎?今学者之説人主也,皆去求利之心,出相愛之道,是求人主之過父母之親也,此不熟於論恩,詐而誣也,故明主不受也。

書き下し

今上下の接は、子父の沢無し、而るに義を行ひて以て下を禁ぜんと欲すれば、則ち交必ず郄有り。且つ父母の子に於けるや、男を産めば則ち相賀し、女を産めば則ち之を殺す。此れ倶に父母の懐袵より出づ、然れども男子は賀を受け、女子は之を殺す者は、其の後便を慮り、之を長利に計ればなり。故に父母の子に於けるや、猶ほ計算の心を用ひて以て相待つなり、而るを況んや父子の沢無きをや。今学者の人主に説くや、皆利を求むるの心を去り、相愛するの道に出でしむ、是れ人主の父母の親に過ぎんことを求むるなり、此れ恩を論ずるに熟せず、詐にして誣ふるなり、故に明主は受けざるなり。

現代語訳

今、上と下の交わりには、父と子のような恩愛はない。それなのに義を行うことで下を禁じようとすれば、その交わりには必ず隙間が生じる。しかも父母の子に対する関係でさえ、男子が生まれれば互いに祝い、女子が生まれれば殺してしまうことがある。どちらも同じ父母の懐から生まれたのに、男子は祝福を受け、女子は殺されるのは、後々の便宜を考え、長い目で見た利益を計算するからである。このように父母でさえ子に対して計算の心で接するのだから、まして父子の恩愛のない間柄ではなおさらである。今、学者が君主に説くときは、みな利を求める心を捨てさせ、互いに愛し合う道によらせようとする。これは君主に、父母の親しみ以上のものを求めることであり、恩というものの論じ方をわきまえず、偽って人を欺くものである。だから明主はこれを受け入れない。

解説

六反篇で、韓非の人間観が最も冷徹に表れた一節です。君臣の間には親子のような恩愛はないのだから、義や愛で下を治めようとしても必ずひびが入ると言います。その根拠として、当時の親が男児の誕生は祝い、女児は殺すこともあったという習俗を挙げ、親子の間でさえ将来の利益を計算していると指摘します。儒家や墨家の学者が説く「相愛の道」は、君主に親以上の愛を求める非現実的な議論だとして退けるのです。痛ましい例ですが、人の行動を利害で理解しようとする韓非の姿勢がはっきり見えます。組織を愛や善意だけで動かそうとせず、利害の仕組みを踏まえて設計せよという教えとして読めます。

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