十善法語 / 巻第五・不綺語戒
又有道ノ士カ自ノ所得ノ法ヲ文辭ニ寓スル。三祖ノ信心銘。永嘉ノ證道歌。寒山ノ詩。杯度ノ歌。ソノ類多キシヤ。又勸戒ヲ世ニ垂ルルモアル。上古ノ金人銘。鼎銘ノ類。ミナ絲竹管絃ノ比對スヘキトコロニアラス。狂言綺語トハ同日ノ論ニアラスシヤ。法トシテ如是ナレドモ。此綺語ヲモ一向ニ廢セヨト云テハナイ。廣ク云ハハ。世間一切事。ミナ利アリ害アル。假令詩書六經モ時ニヨリテハ其害生スル。圍碁飮酒モ事ニ當テハ少分ノ德有ル。喩ヘハ一草一木ノミナ能アリ毒アル如クシヤ。人參白朮モ時ニヨリテ害アル。砒礵斑猫モ其病ニ當テハ藥トナル如シヤ。今民間ノ風俗ヲ觀ルニ。世僧ノ連歌聯句ヲ習フスラ。ナホ我慢勝他ノ俗態少ク。細民ノ誹諧ナトヲ好ム。ナホ非理ノ口論ニ勇マヌシヤ。
新字:又有道ノ士カ自ノ所得ノ法ヲ文辞ニ寓スル。三祖ノ信心銘。永嘉ノ証道歌。寒山ノ詩。杯度ノ歌。ソノ類多キシヤ。又勧戒ヲ世ニ垂ルルモアル。上古ノ金人銘。鼎銘ノ類。ミナ糸竹管絃ノ比対スヘキトコロニアラス。狂言綺語トハ同日ノ論ニアラスシヤ。法トシテ如是ナレドモ。此綺語ヲモ一向ニ廃セヨト云テハナイ。広ク云ハハ。世間一切事。ミナ利アリ害アル。仮令詩書六経モ時ニヨリテハ其害生スル。囲碁飲酒モ事ニ当テハ少分ノ徳有ル。喩ヘハ一草一木ノミナ能アリ毒アル如クシヤ。人参白朮モ時ニヨリテ害アル。砒礵斑猫モ其病ニ当テハ薬トナル如シヤ。今民間ノ風俗ヲ観ルニ。世僧ノ連歌聯句ヲ習フスラ。ナホ我慢勝他ノ俗態少ク。細民ノ誹諧ナトヲ好ム。ナホ非理ノ口論ニ勇マヌシヤ。
書き下し
又有道ノ士カ自ノ所得ノ法ヲ文辞ニ寓スル。三祖ノ信心銘。永嘉ノ証道歌。寒山ノ詩。杯度ノ歌。ソノ類多キシヤ。又勧戒ヲ世ニ垂ルルモアル。上古ノ金人銘。鼎銘ノ類。ミナ糸竹管絃ノ比対スヘキトコロニアラス。狂言綺語トハ同日ノ論ニアラスシヤ。法トシテ如是ナレドモ。此綺語ヲモ一向ニ廃セヨト云テハナイ。広ク云ハハ。世間一切事。ミナ利アリ害アル。仮令詩書六経モ時ニヨリテハ其害生スル。囲碁飲酒モ事ニ当テハ少分ノ徳有ル。喩ヘハ一草一木ノミナ能アリ毒アル如クシヤ。人参白朮モ時ニヨリテ害アル。砒礵斑猫モ其病ニ当テハ薬トナル如シヤ。今民間ノ風俗ヲ観ルニ。世僧ノ連歌聯句ヲ習フスラ。ナホ我慢勝他ノ俗態少ク。細民ノ誹諧ナトヲ好ム。ナホ非理ノ口論ニ勇マヌシヤ。
現代語訳
また道ある士が、自分の得た法を文辞に託する。三祖の信心銘、永嘉の証道歌、寒山の詩、杯度の歌、その類は多いのである。また勧めと戒めを世に垂れるものもある。上古の金人銘、鼎の銘の類である。みな糸竹管絃の比べ対すべきところではない。狂言綺語とは同日の論ではないのである。法としてはこのようであるけれども、この綺語をも一切廃せよと言うのではない。広く言えば、世間の一切の事は、みな利があり害がある。たとえ詩書六経も時によってはその害が生じる。囲碁や飲酒も事に当たっては少しの徳がある。たとえば一草一木にみな効能があり毒があるようなものである。人参や白朮も時によっては害がある。砒霜や斑猫も、その病に当たっては薬となるようなものである。今、民間の風俗を見ると、世僧が連歌や聯句を習うのでさえ、なお我慢や人に勝とうとする俗な態度が少なく、庶民が俳諧などを好むのも、なお理不尽な口論に勇み立たないのである。
解説

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