韓非子 / 難二第三十七
景公過晏子,曰:「子宫小,近市,請徙子家豫章之圃。」晏子再拜而辭曰:「且嬰家貧,待市食,而朝暮趨之,不可以遠。」景公笑曰:「子家習市,識貴賤乎?」是時景公繁於刑。晏子對曰:「踴貴而屨賤。」景公曰:「何故?」對曰:「刑多也。」景公造然變色曰:「寡人其暴乎!」於是損刑五。或曰:晏子之貴踴,非其誠也,欲便辭以止多刑也。此不察治之患也。
新字:景公過晏子,曰:「子宮小,近市,請徙子家予章之圃。」晏子再拝而辞曰:「且嬰家貧,待市食,而朝暮趨之,不可以遠。」景公笑曰:「子家習市,識貴賤乎?」是時景公繁於刑。晏子対曰:「踴貴而屨賤。」景公曰:「何故?」対曰:「刑多也。」景公造然変色曰:「寡人其暴乎!」於是損刑五。或曰:晏子之貴踴,非其誠也,欲便辞以止多刑也。此不察治之患也。
書き下し
景公晏子に過りて、曰く、「子の宮小にして、市に近し、請ふ子の家を豫章の圃に徙さん」と。晏子再拝して辞して曰く、「且つ嬰の家は貧しく、市を待ちて食し、朝暮に之に趨く、以て遠くす可からず」と。景公笑ひて曰く、「子の家は市に習ふ、貴賤を識るか」と。是の時景公刑を繁くす。晏子対へて曰く、「踴貴くして屨賤し」と。景公曰く、「何の故ぞ」と。対へて曰く、「刑多ければなり」と。景公造然として色を変じて曰く、「寡人其れ暴なるか」と。是に於て刑五を損ず。或ひと曰く、晏子の踴を貴しとするは、其の誠に非ざるなり、辞を便にして以て多刑を止めんと欲するなり。此れ治の患を察せざるなり。
現代語訳
斉の景公が晏子の家に立ち寄って言った。「あなたの家は狭く、市場に近い。どうか家を豫章の庭園に移させてほしい」。晏子は再拝して辞退した。「私の家は貧しく、市場で買って食べておりますので、朝晩市場に通っています。遠くに住むわけにはまいりません」。景公は笑って言った。「あなたの家は市場に慣れているなら、物の値段の高い安いが分かるか」。このころ景公は刑罰を多用していた。晏子は答えた。「義足は高く、履き物は安くなっております」。景公が「なぜか」と言うと、晏子は「足斬りの刑が多いからです」と答えた。景公ははっとして顔色を変え、「私は暴虐であったか」と言った。そこで刑罰を五つ減らした。ある人が言う。晏子が義足が高いと言ったのは、本心からではなく、言葉を巧みにして刑罰の多用をやめさせようとしたのである。これは統治の禍いを見極めていないのである。
解説
関連する章句
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説苑・正諫景公正昼に髪を被り六馬に乗り、婦人を御して正閨より出づ。刖跪其の馬を撃ちて之を反す。曰わく、「爾吾が君に非ざるなり」と。公慚じて朝せず。晏子裔敖を睹て問いて曰わく、「君何の故にか朝せざる」と。対えて曰わく、「昔者君正昼に髪を被り六馬に乗り、婦人を御して正閨より出づ。刖跪其の馬を撃ちて之を反して曰わく、『爾吾が君に非ざるなり』と。公慚じて反り、果たして出でず。是を以て朝せず」と。晏子入りて見ゆ。公曰わく、「昔者寡人罪有り。髪を被り六馬に乗り、以て正閨を出づ。刖跪其の馬を撃ちて之を反し、曰わく、『爾吾が君に非ざるなり』と。寡人天子大夫の賜を以て、百姓を率いて宗廟を守るを得たり。今刖跪に戮せられて以て社稷を辱む。吾猶お以て諸侯に斉しかるべきか」と。晏子対えて曰わく、「君悪しむこと無かれ。臣之を聞く、下に直辞無きは、上に君を隠す無し。民多く言を諱めば、君驕行有り。古者明君上に在れば、下に直辞有り。君上善を好めば、民言を諱む無し。今君行を失う有りて、刖跪直辞有り。是れ君の福なり。故に臣来たりて慶す。請う之を賞して、以て君の善を好むを明らかにせよ。之を礼して、以て君の諫を受くるを明らかにせよ」と。公笑いて曰わく、「可なるか」と。晏子曰わく、「可なり」と。是に於て刖跪をして資を倍せしめ正すこと無からしめ、時朝に事無し。
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『韓非子』難二第三十七敗軍の誅は千百を以て数ふるも、猶ほ北げて止まず。即ち治乱の刑は勝へざるを恐るるが如くするも、姦尚ほ尽きず。今晏子其の当否を察せずして、太だ多きを以て説と為す、亦妄ならずや。
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説苑・正諫景公馬有り、其の圉人之を殺す。公怒り、戈を援きて将に自ら之を撃たんとす。晏子曰わく、「此れ其の罪を知らずして死せば、臣君の為に之を数えんことを請う。其の罪を知らしめて之を殺さん」と。公曰わく、「諾」と。晏子戈を挙げて之に臨みて曰わく、「汝吾が君の為に馬を養いて之を殺す、罪当に死すべし。汝吾が君をして馬の故を以て圉人を殺さしむ、罪又当に死すべし。汝吾が君をして馬の故を以て人を殺さしめ、四隣の諸侯に聞かしむ、汝が罪又当に死すべし」と。公曰わく、「夫子之を釈て。夫子之を釈て。吾が仁を傷うこと勿かれ」と。
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説苑・臣術晏子朝す、敝車に乗り駑馬に駕す。景公之を見て曰く、「嘻、夫子の禄寡なきか、何ぞ乗ること任えざるの甚だしきや」と。晏子対えて曰く、「君の賜に頼りて、以て三族及び国の交遊を寿からしめ皆生を得しむ。臣暖衣飽食を得、敝車駑馬、以て其の身を奉ずるは、臣に於いて足れり」と。晏子出づ。公梁丘拠をして輅車乗馬を遺らしむ。三たび返して受けず。公悦ばず、趣ぎて晏子を召す。晏子至る。公曰く、「夫子受けざれば、寡人も亦た乗らじ」と。晏子対えて曰く、「君臣をして百官の吏に臨ましめ、其の衣服飲食の養を節して、以て斉国の人に先んぜしむ。然れども猶お其の侈靡にして其の行いを顧みざらんことを恐る。今輅車乗馬、君之に上に乗り、臣も亦た之に下に乗らば、民の義無くして、其の衣食を侈にして其の行いを顧みざる者は、臣以て之を禁ずる無し」と。遂に譲りて受けず。
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説苑・臣術景公酒を飲む、陳桓子侍り、晏子を望み見て公に復して曰く、「請う晏子を浮せん」と。公曰く、「何の故ぞや」と。対えて曰く、「晏子緇布の衣、麋鹿の裘、棧軫の車にして駑馬を駕して以て朝す、是れ君の賜を隠すなり」と。公曰く、「諾」と。酌者觴を奉じて之を進めて曰く、「君子に浮せよと命ず」と。晏子曰く、「何の故ぞや」と。陳桓子曰く、「君卿位を賜いて以て其の身を尊くし、之を百万に寵して以て其の家を富ませ、群臣の爵、子より尊きは莫く、禄子より厚きは莫し。今子布衣の衣、麋鹿の裘、棧軫の車にして駑馬を駕して以て朝す、則ち是れ君の賜を隠すなり、故に子を浮す」と。晏子席を避けて曰く、「請う飲みて而る後に辞せんか、其れ辞して而る後に飲まんか」と。公曰く、「辞して然る後に飲め」と。晏子曰く、「君卿位を賜いて以て其の身を顕かにす、嬰敢えて顕の為に受けざるなり、君令を行うが為なり。之を百万に寵して以て其の家を富ませ、嬰敢えて富の為に受けざるなり、君の賜を通ずるが為なり。臣聞く、古の賢臣厚賜を受けて其の国族を顧みざれば、則ち之を過つ。事に臨みて職を守り其の任に勝えざれば、則ち之を過つ。君の内隸、臣の父兄、若し離散して野鄙に在る者有らば、此れ臣の罪なり。君の外隸、臣の職とする所、若し播亡して四方に在る者有らば、此れ臣の罪なり。兵革完からず、戦車修まらざるは、此れ臣の罪なり。夫の敝車駑馬を若し以て朝主するは、臣の罪に非ざるなり。且つ臣君の賜を以て、臣の父の党車に乗らざる無く、母の党以て衣食に足らざる無く、妻の党凍餒する者無く、国の簡士臣を待ちて後に火を挙ぐる者数百家なり。此くの如きは君の賜を隠すか、君の賜を彰すか」と。公曰く、「善し、我が為に桓子を浮せよ」と。
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『韓非子』難一第三十六郄子因りて曰く、「胡ぞ以て徇へざる」と。其の僕曰く、「曩には将に之を救はんとするにあらずや」と。郄子曰く、「吾敢て謗を分かたざらんや」と。或ひと曰く、郄子の言は、察せざる可からざるなり、謗を分かつに非ざるなり。韓子の斬る所や、若し罪人ならば、則ち救ふ可からず、罪人を救ふは、法の敗るる所以なり、法敗るれば則ち国乱る。若し罪人に非ざれば、則ち之に勧むるに徇ふるを以てす可からず、之に勧むるに徇ふるを以てするは、是れ不辜を重ぬるなり、不辜を重ぬるは、民の怨みを起こす所以の者なり、民怨めば則ち国危ふし。郄子の言は、危ふからざれば則ち乱る、察せざる可からざるなり。且つ韓子の斬る所若し罪人ならば、郄子奚ぞ分かたん。斬ること若し罪人に非ざれば、則ち已に之を斬れり、而して郄子乃ち至る、是れ韓子の謗已に成りて郄子且つ後れて至るなり。夫れ郄子の「以て徇へよ」と曰ふは、以て人を斬るの謗を分かつに足らずして、又徇ふるの謗を生ず。是れ子謗を分かつと言ふか。昔者紂炮烙を為る、崇侯・悪来又渉る者の脛を斬れと曰ふ、奚ぞ紂の謗を分かたん。且つ民の上に望むや甚だし、韓子得ざれば、且に郄子の之を得んことを望まんとす。今郄子俱に得ず、則ち民上に望みを絶たん。故に曰く、郄子の言は謗を分かつに非ず、謗を益すなり、と。且つ郄子の往きて罪を救ふや、韓子を以て非と為すなり。其の非と為す所以を道はずして、之に「以て徇へよ」と勧む、是れ韓子をして其の過を知らざらしむるなり。夫れ下は民をして望みを上に絶たしめ、又韓子をして其の失を知らざらしむ、吾未だ郄子の謗を分かつ所以の者を得ざるなり。桓公管仲の束縛を解きて之を相とす。管仲曰く、「臣寵有り、然り而して臣卑し」と。公曰く、「子をして高・国の上に立たしめん」と。管仲曰く、「臣貴し、然り而して臣貧し」と。公曰く、「子をして三帰の家を有たしめん」と。管仲曰く、「臣富めり、然り而して臣䟽し」と。是に於て立てて以て仲父と為す。