韓非子 / 外儲説右上第三十四
太子入爲王泣曰:「廷中多潦,驅車至茆門,廷理曰『非法也』,舉殳擊臣馬,敗臣駕。王必誅之!」王曰:「前有老主而不踰,後有儲主而不屬,矜矣!是真吾守法之臣也。」乃益爵二級,而開後門出太子。「勿復過。」衛嗣君謂薄疑曰:「子小寡人之國以爲不足仕,則寡人力能仕子,請進爵以子爲上卿。」乃進田萬頃。薄子曰:「疑之母親疑,以疑爲能相萬乘所不窕也。然疑家巫有蔡嫗者,疑母甚愛信之,屬之家事焉。疑智足以信言家事,疑母盡以聽疑也,然已與疑言者,亦必復決之於蔡嫗也。故論疑之智能,以疑爲能相萬乘而不窕也;論其親,則子母之間也,然猶不免議之於蔡嫗也。今疑之於人主也,非子母之親也,而人主皆有蔡嫗。人主之蔡嫗,必其重人也。重人者,能行私者也。夫行私者,繩之外也;而疑之言,法之内也。繩之外與法之内,讎也,不相受也。」一曰:衛君之晉,謂薄疑曰:「吾欲與子皆行。」薄疑曰:「媪也在中,請歸與媪計之。」衛君自請薄媪。薄媪曰:「疑,君之臣也,君有意從之,甚善。」衛君曰:「吾以請之媪,媪許我矣。」薄疑歸,言之媪也,曰:「衛君之愛疑奚與媪?」媪曰:「不如吾愛子也。」「衛君之賢疑奚與媪也?」曰:「不如吾賢子也。」
新字:太子入為王泣曰:「廷中多潦,駆車至茆門,廷理曰『非法也』,舉殳撃臣馬,敗臣駕。王必誅之!」王曰:「前有老主而不踰,後有儲主而不属,矜矣!是真吾守法之臣也。」乃益爵二級,而開後門出太子。「勿復過。」衛嗣君謂薄疑曰:「子小寡人之国以為不足仕,則寡人力能仕子,請進爵以子為上卿。」乃進田万頃。薄子曰:「疑之母親疑,以疑為能相万乗所不窕也。然疑家巫有蔡嫗者,疑母甚愛信之,属之家事焉。疑智足以信言家事,疑母尽以聴疑也,然已与疑言者,亦必復決之於蔡嫗也。故論疑之智能,以疑為能相万乗而不窕也;論其親,則子母之間也,然猶不免議之於蔡嫗也。今疑之於人主也,非子母之親也,而人主皆有蔡嫗。人主之蔡嫗,必其重人也。重人者,能行私者也。夫行私者,縄之外也;而疑之言,法之内也。縄之外与法之内,讎也,不相受也。」一曰:衛君之晋,謂薄疑曰:「吾欲与子皆行。」薄疑曰:「媪也在中,請帰与媪計之。」衛君自請薄媪。薄媪曰:「疑,君之臣也,君有意従之,甚善。」衛君曰:「吾以請之媪,媪許我矣。」薄疑帰,言之媪也,曰:「衛君之愛疑奚与媪?」媪曰:「不如吾愛子也。」「衛君之賢疑奚与媪也?」曰:「不如吾賢子也。」
書き下し
太子入りて王の為に泣きて曰く、「廷中潦多く、車を駆りて茆門に至る、廷理『法に非ざるなり』と曰ひて、殳を挙げて臣が馬を撃ち、臣が駕を敗る。王必ず之を誅せよ」と。王曰く、「前に老主有りて踰えず、後に儲主有りて属せず、矜なるかな。是れ真に吾が守法の臣なり」と。乃ち爵二級を益して、後門を開きて太子を出だす。「復た過つ勿かれ」と。衛の嗣君薄疑に謂ひて曰く、「子寡人の国を小として以て仕ふるに足らずと為す、則ち寡人の力能く子を仕へしむ、請ふ爵を進めて子を以て上卿と為さん」と。乃ち田万頃を進む。薄子曰く、「疑の母は疑を親しみ、疑を以て能く万乗を相けて窕ならざる所と為すなり。然れども疑の家の巫に蔡嫗なる者有り、疑の母甚だ之を愛信し、之に家事を属す。疑の智は以て家事を信言するに足り、疑の母尽く以て疑に聴くなり、然れども已に疑と言ふ者も、亦必ず復た之を蔡嫗に決するなり。故に疑の智能を論ずれば、疑を以て能く万乗を相けて窕ならずと為すなり。其の親を論ずれば、則ち子母の間なり、然れども猶ほ之を蔡嫗に議するを免れざるなり。今疑の人主に於けるや、子母の親に非ざるなり、而して人主皆蔡嫗有り。人主の蔡嫗は、必ず其の重人なり。重人なる者は、能く私を行ふ者なり。夫れ私を行ふ者は、縄の外なり。而して疑の言は、法の内なり。縄の外と法の内とは、讎なり、相受けざるなり」と。一に曰く、衛君晋に之かんとし、薄疑に謂ひて曰く、「吾子と皆行かんと欲す」と。薄疑曰く、「媪や中に在り、請ふ帰りて媪と之を計らん」と。衛君自ら薄媪に請ふ。薄媪曰く、「疑は、君の臣なり、君意有りて之を従へんとす、甚だ善し」と。衛君曰く、「吾以て之を媪に請ふ、媪我に許せり」と。薄疑帰りて、之を媪に言ひて、曰く、「衛君の疑を愛すること媪に奚与ぞ」と。媪曰く、「吾の子を愛するに如かざるなり」と。「衛君の疑を賢とすること媪に奚与ぞや」と。曰く、「吾の子を賢とするに如かざるなり」と。
現代語訳
太子は宮中に入って王に泣きついた。「宮廷の庭に水たまりが多かったので、車を走らせて茆門まで行ったところ、廷理が『法に反する』と言って、殳を振り上げて私の馬を打ち、私の車を壊しました。王よ、必ずあの者を誅してください」。王は言った。「前には年老いた君主がいても法を越えず、後ろには跡継ぎの君主がいてもおもねらない。見上げたものだ。これこそ真に私の法を守る臣下である」。そこで廷理の爵位を二級上げ、裏門を開けて太子を帰し、「二度と過ちを犯すな」と言った。衛の嗣君が薄疑に言った。「あなたは私の国を小国とみて、仕えるに値しないと思っているのだろう。だが私の力でもあなたを仕えさせることはできる。どうか爵位を進めて上卿にさせてほしい」。そして一万頃の田を与えた。薄疑は言った。「私の母は私をかわいがり、私を万乗の大国の宰相にしても恥ずかしくない者だと思っています。しかし私の家には蔡嫗という巫女がいて、母はたいへん彼女を信頼して家のことを任せています。私の知恵は家のことを確かに進言するのに足り、母も何でも私の言うことを聞きますが、私と話して決めたことも、必ずもう一度蔡嫗に決めてもらうのです。ですから私の知恵と才能について言えば、母は私を万乗の大国の宰相にしても恥ずかしくないと思っていますし、親しさについて言えば母と子の間柄です。それでもやはり、蔡嫗に相談されるのを免れません。いま私と君主との関係は母と子ほどの親しさではなく、しかも君主にはみな蔡嫗がいます。君主の蔡嫗とは、必ずその重臣です。重臣とは、私利を行うことのできる者です。私利を行う者は縄墨(規準)の外にあり、私の言うことは法の内にあります。縄墨の外と法の内とは仇どうしで、互いに相容れないのです」。別の伝えではこうである。衛の君主が晋に行こうとして、薄疑に「あなたも一緒に行ってほしい」と言った。薄疑は「母が家におりますので、帰って母と相談させてください」と言った。衛の君主は自ら薄疑の母に頼んだ。母は「疑はあなたの臣下です。あなたが連れて行こうとお考えなら、たいへん結構です」と言った。衛の君主は(薄疑に)「私はあなたの母に頼み、母は私に許してくれた」と言った。薄疑は家に帰って母に言った。「衛の君主が私をかわいがるのと、母上が私をかわいがるのと、どちらが上でしょうか」。母は「私があなたをかわいがるのには及ばないでしょう」と言った。「衛の君主が私を賢いと思うのと、母上が私を賢いと思うのと、どちらが上でしょうか」。母は「私があなたを賢いと思うのには及ばないでしょう」と言った。
解説
関連する章句
-
『韓非子』外儲説右上第三十四「媪疑と家事を計り、已に決せり、乃ち之を卜者の蔡嫗に決せんことを請ふ。今衛君疑を従へて行く、疑と計を決すと雖も、必ず他の蔡嫗と之を敗らん。是の如くんば、則ち疑長く臣たるを得ず」と。夫れ歌を教ふる者は、先づ呼ばしめて之を詘し、其の声清徴に反る者は乃ち之を教ふ。一に曰く、歌を教ふる者は、先づ揆るに法を以てす、疾く呼びて宮に中り、徐ろに呼びて徴に中る。疾くして宮に中らず、徐ろにして徴に中らざれば、教ふと謂ふ可からず。呉起は、衛の左氏中の人なり。其の妻をして組を織らしむるに幅度より狭し。呉子之を更めしむ、其の妻曰く、「諾」と。成るに及びて、復た之を度るに、果たして度に中らず、呉子大いに怒る。其の妻対へて曰く、「吾始め之を経にして更む可からざるなり」と。呉子之を出だす。其の妻其の兄に請ひて入らんことを索む。其の兄曰く、「呉子は、法を為す者なり。其の法を為すや、且に以て万乗の与に功を致さんと欲す、必ず先づ之を妻妾に践みて然る後に之を行ふ、子幾ど入らんことを索むる毋かれ」と。其の妻の弟又衛君に重んぜらる、乃ち衛君の重きを以て呉子に請ふ。呉子聴かず、遂に衛を去りて荊に入るなり。一に曰く、呉起其の妻に組を示して曰く、「子我が為に組を織れ、之をして是の如くならしめよ」と。組已に就りて之を効す、其の組異に善し。起曰く、「子をして組を為らしむるに、之をして是の如くならしめよと令す、而るに今や異に善きは、何ぞや」と。其の妻曰く、「財を用ふること一の若きも、務めを加へて之を善くす」と。呉起曰く、「語に非ざるなり」と。之をして衣して帰らしむ。其の父往きて之を請ふ、呉起曰く、「起の家に虚言無し」と。晋の文公狐偃に問ひて曰く、「寡人甘肥堂に周く、巵酒豆肉宮に集まり、壺酒清ならず、生肉布かず、一牛を殺せば国中に遍く、一歳の功尽く以て士卒に衣す、其れ以て民を戦はしむるに足るか」と。狐子曰く、「足らず」と。文公曰く、「吾関市の征を㢮めて刑罰を緩む、其れ以て民を戦はしむるに足るか」と。狐子曰く、「足らず」と。
-
『韓非子』內儲說下六微第三十一久しく語りて懐刷す、小資なり、猶ほ以て富を成す、況んや吏勢に於てをや。晋の厲公の時、六卿貴し。胥僮・長魚矯諫めて曰く、「大臣貴重にして、主に敵して事を争ひ、外に市して党を樹て、下は国法を乱し、上は以て主を劫かす、而して国危からざる者は、未だ嘗て有らざるなり。」公曰く、「善し。」乃ち三卿を誅す。胥僮・長魚矯又諫めて曰く、「夫れ同罪の人偏く誅して尽くさざるは、是れ怨みを懐かしめて之に間を借すなり。」公曰く、「吾一朝にして三卿を夷す、予尽くすに忍びざるなり。」長魚矯対へて曰く、「公之を忍びざれば、彼将に公を忍ばんとす。」公聴かず。居ること三月、諸卿難を作し、遂に厲公を殺して其の地を分つ。州侯荊に相として、貴くして主断す。荊王之を疑ひ、因りて左右に問ふ、左右対へて無しと曰ふこと、一口より出づるが如し。燕人惑ふこと無し、故に狗矢に浴す。燕人、其の妻士に私通する有り、其の夫早く外より来り、士適ま出づ。夫曰く、「何の客ぞや。」其の妻曰く、「客無し。」左右に問ふに、左右無しと言ふこと、一口より出づるが如し。其の妻曰く、「公惑易せり。」因りて之に浴するに狗矢を以てす。一に曰く、燕人李季好んで遠く出づ、其の妻私かに士に通ずる有り、季突として至る、士内中に在り、妻之を患ふ。其の室婦曰く、「公子をして裸にして髪を解き、直ちに門を出でしめよ、吾が属佯りて見ざらん。」是に於て公子其の計に従ひ、疾く走りて門を出づ。季曰く、「是れ何人ぞや。」家室皆曰く、「無し。」季曰く、「吾鬼を見たるか。」婦人曰く、「然り。」「之を為すこと奈何。」曰く、「五牲の矢を取りて之に浴せよ。」季曰く、「諾。」乃ち浴するに矢を以てす。
-
『韓非子』外儲説右下第三十五子罕出彘と為り、田恒圃池と為る、故に宋君・簡公弑せらる。患は王良・造父の車を共にし、田連・成竅の琴を共にするに在るなり。二。治強は法に生じ、弱乱は阿に生ず、君此に明らかなれば、則ち賞罰を正して下に仁するに非ざるなり。爵禄は功に生じ、誅罰は罰に生ず、臣此に明らかなれば、則ち死力を尽くして君に忠なるに非ざるなり。君不仁に通じ、臣不忠に通ずれば、則ち以て王たる可し。昭襄は主の情を知りて五苑を発せず、田鮪は臣の情を知る故に田章に教へ、而して公儀は魚を辞す。三。明主なる者は、外に鑒みるなり、而して外事成らざるを得ず、故に蘇代斉王を非る。人主は上に鑒みるなり、而して居る者適はざれば顕れず、故に潘寿禹の情を言ふ。人主覚悟する所無し、方吾之を知る、故に衣を同じくし族を同じくするを恐る、而るを況んや権を借すをや。呉章之を知る、故に説くに佯を以てす、而るを況んや誠を借すをや。趙王虎目を悪みて壅がる。明主の道は、周の行人の衛侯を却くるが如きなり。四。人主なる者は、法を守り成を責めて以て功を立つる者なり。吏乱ると雖も独善の民有るを聞くも、乱民有りて独治の吏有るを聞かず、
-
『韓非子』外儲説右下第三十五一に曰く、王子於期宋君の為に千里の逐を為す。已に駕し、手吻の文を察す。且に発せんとするや、駆りて之を前むれば、輪縄に中り、引きて之を却くれば、馬迹を掩ふ。拊ちて之を発す。彘竇中より逸出す。馬退きて却き、筴前に進むる能はざるなり。馬駻して走り、轡正す能はざるなり。一に曰く、司城子罕宋君に謂ひて曰く、「慶賞賜予は、民の好む所なり、君自ら之を行へ。誅罰殺戮は、民の悪む所なり、臣請ふ之に当たらん」と。是に於て細民を戮して大臣を誅するに、君曰く、「子罕と之を議せよ」と。居ること朞年、民殺生の命の子罕に制せらるるを知る、故に一国焉に帰す。故に子罕宋君を劫して其の政を奪ふ、法禁ずる能はざるなり。故に曰く、「子罕出彘と為りて、田成常圃池と為るなり」と。今王良・造父車を共にし、人ごとに一辺の轡を操りて門閭を出づれば、駕必ず敗れて道至らざるなり。田連・成竅をして琴を共にし、人ごとに一絃を撫して揮はしむれば、則ち音必ず敗れ、曲遂げざらん。二。秦の昭王病有り、百姓里ごとに牛を買ひて家ごとに王の為に禱る。公孫述出でて之を見、入りて王を賀して曰く、「百姓乃ち皆里ごとに牛を買ひて王の為に禱る」と。王人をして之を問はしむるに、果たして之有り。王曰く、「之を人ごとに二甲を訾せよ。夫れ令に非ずして擅に禱るは、是れ寡人を愛するなり。夫れ寡人を愛すれば、寡人も亦且に法を改めて心之と相循はんとする者なり、是れ法立たず。法立たざるは、乱亡の道なり。人ごとに二甲を罰して復た与に治を為すに如かず」と。一に曰く、秦の襄王病む、百姓之が為に禱る。病愈ゆ、牛を殺して塞禱す。郎中閻遏・公孫衍出でて之を見て、曰く、「社臘の時に非ざるなり、奚ぞ自ら牛を殺して社を祠る」と。怪しみて之を問ふ。百姓曰く、「人主病む、之が為に禱る。今病愈ゆ、牛を殺して塞禱す」と。閻遏・公孫衍説び、王に見えて、拝賀して曰く、「堯・舜に過ぎたり」と。王驚きて曰く、「何の謂ぞや」と。
-
『韓非子』內儲說下六微第三十一左右に私かに善からざる者有り、乃ち之が為に王に請ひて曰く、「公子甚だ貧しく、馬甚だ痩す、王何ぞ之に馬食を益さざる。」王許さず。左右因りて微かに夜芻廐を焼かしむ。王以て賤公子と為すや、乃ち之を誅す。魏に老儒有りて済陽君に善からず。客に老儒と私怨有る者有り、因りて老儒を攻めて之を殺し、以て済陽君に徳として曰く、「臣其の君に善からざるが為なり、故に君の為に之を殺せり。」済陽君因りて察せずして之を賞す。一に曰く、済陽君に少庶子有り、知られずして君に愛を入れんと欲する者有り。斉老儒をして薬を馬梨の山に掘らしむ、済陽の少庶子以て功と為さんと欲し、入りて君に見えて曰く、「斉老儒をして薬を馬梨の山に掘らしむ、名は薬を掘るなるも、実は君の国を間するなり。君之を殺さずんば、是れ将に済陽君を以て罪を斉に抵さんとす。臣請ふ之を刺さん。」君曰く、「可なり。」是に於て明日之を城陰に得て之を刺す、済陽君還りて益ます之を親しむ。四。陳需は、魏王の臣なり、荊王に善し、而して荊をして魏を攻めしむ。荊魏を攻む、陳需因りて魏王の為に行きて之を解かんことを請ひ、因りて荊の勢を以て魏に相たり。韓の昭侯の時、黍種嘗て貴きこと甚し。昭侯人をして廩を覆さしむ、吏果して黍種を竊みて之を糶ること甚だ多し。昭奚恤の荊に用ひらるるや、倉廥窌を焼く者有りて其の人を知らず。昭奚恤吏をして茅を販ぐ者を執へて之を問はしむ、果して焼けり。昭僖侯の時、宰人食を上るに羹中に生肝有り、昭侯宰人の次を召して之を誚めて曰く、「若何為れぞ生肝を寡人の羹中に置く。」宰人頓首して死罪に服して曰く、「竊かに尚宰人を去らんと欲するなり。」一に曰く、僖侯浴す、湯中に礫有り。僖侯曰く、「尚浴免ぜらるれば、則ち当に代るべき者有るか。」左右対へて曰く、「有り。」僖侯曰く、「召して来れ。」之を譙めて曰く、「何為れぞ礫を湯中に置く。」対へて曰く、「尚浴免ぜらるれば、則ち臣之に代るを得ん、是を以て礫を湯中に置く。」
-
『韓非子』外儲説右下第三十五王将に之を聴かんとす、田嬰官をして押券斗石参升の計を具へしむ。王自ら計を聴く、計聴くに勝へず、罷めて食する後、復た坐し、復た暮に食せず。田嬰復た謂ひて曰く、「羣臣の終歳日夜敢て偷怠せざる所の事なり、王一夕を以て之を聴かば、則ち羣臣勧勉を為すこと有らん」と。王曰く、「諾」と。俄かにして王已に睡る、吏尽く刀を揄きて其の押券升石の計を削る。王自ら之を聴き、乱乃ち始めて生ず。五。茲鄭子輦を引きて高梁に上るも支ふる能はず。茲鄭轅に踞りて歌ふ、前む者は止まり、後るる者は趨り、輦乃ち上る。茲鄭をして術以て人を致す無からしめば、則ち身力を絶ちて死に至ると雖も、輦猶ほ上らざるなり。今身労苦に至らずして輦以て上る者は、術有りて以て人を致すの故なり。趙簡主税する者を出だす、吏軽重を請ふ。簡主曰く、「軽くする勿かれ重くする勿かれ。重ければ、則ち利上に入る。若し軽ければ、則ち利民に帰す。吏私利無くして正し」と。薄疑趙簡主に謂ひて曰く、「君の国中飽く」と。簡主欣然として喜びて曰く、「何如ぞや」と。対へて曰く、「府庫上に空虚にして、百姓下に貧餓す、然り而して姦吏富めり」と。