韓非子 / 外儲説右上第三十四
辭言通則臣難言,而主不神矣。說在申子之言「六慎」,與唐易之言弋也。患在國羊之請變,與宣王之太息也。
新字:辞言通則臣難言,而主不神矣。説在申子之言「六慎」,与唐易之言弋也。患在国羊之請変,与宣王之太息也。
書き下し
辞言通ずれば則ち臣は言ひ難くして、主は神ならず。説は申子の「六慎」を言ふと、唐易の弋を言ふとに在り。患は国羊の変を請ふと、宣王の太息とに在るなり。
現代語訳
君主の言葉や好みが外に通じてしまうと、臣下は本当のことを言いにくくなり、君主は神秘性を失う。その説明は、申子(申不害)が「六つの慎み」を説いた話と、唐易が弋(いぐるみ)猟について語った話にある。その害は、国羊が(君主の不興を察して)先回りして態度を改めると願い出た話と、韓の宣王が溜め息をついた話にある。
解説
第二の經の中心部分です。君主の言葉や表情から好悪が漏れると、臣下はそれに合わせて振る舞い、真実を言わなくなります。韓非が術の師と仰ぐ申不害の「六慎」、つまり明察・無知・欲の有無などを見せるなという教え、また鳥の多くの目から身を隠す弋猟の心得が、その裏づけとして後の說に置かれます。国羊と韓の宣王の話は、好悪が漏れたことで臣下に先回りされた失敗例です。現代の組織でも、上司が意見を言う前に顔色を見せると、会議は上司の好みを探る場に変わってしまいます。聞き手に回る者が先に手の内を明かさないことの大切さを教える一節です。
関連する章句
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『韓非子』外儲説右上第三十四臣をして君の禄を利とせざるを得ず、上の名に服する無きを得ざらしむ。夫れ君の禄を利とし、上の名に服せば、焉んぞ服せざるを得ん。二。申子曰く、「上明らかに見はるれば、人之に備ふ。其の明らかならざること見はるれば、人之を惑はす。其の知見はるれば、人之を飾る。知らざること見はるれば、人之に匿す。其の欲無きこと見はるれば、人之を司ふ。其の欲有ること見はるれば、人之を餌す。故に曰く、吾従りて之を知る無し、惟だ無為以て之を規す可し」と。一に曰く、申子曰く、「而の言を慎めや、人且に女を知らんとす。而の行を慎めや、人且に女に随はんとす。而の知見はるるや、人且に女に匿さんとす。而の知無きこと見はるるや、人且に女を意らんとす。女知有るや、人且に女に臧さんとす。女知無きや、人且に女を行はんとす。故に曰く、惟だ無為以て之を規す可し」と。田子方唐易鞠に問ひて曰く、「弋する者は何をか慎む」と。対へて曰く、「鳥は数百の目を以て子を視る、子は二目を以て之を御す、子謹んで子の廩を周くせよ」と。田子方曰く、「善し。子は之を弋に加へよ、我は之を国に加へん」と。鄭の長者之を聞きて曰く、「田子方は廩を為さんと欲するを知れども、未だ廩を為す所以を得ず。夫れ虚無にして見はるること無き者は、廩なり」と。一に曰く、斉の宣王弋を唐易子に問ひて曰く、「弋する者は奚をか貴ぶ」と。唐易子曰く、「廩を謹むに在り」と。王曰く、「何をか廩を謹むと謂ふ」と。対へて曰く、「鳥は数十目を以て人を視、人は二目を以て鳥を視る、奈何ぞ廩を謹まざらんや。故に『廩を謹むに在り』と曰ふなり」と。王曰く、「然らば則ち天下を為むるに何を以て此の廩を為さん。今人主は二目を以て一国を視、一国は万目を以て人主を視る、将に何を以て自ら廩を為さんとする」と。対へて曰く、「鄭の長者に言有りて曰く、『夫れ虚静無為にして見はるること無きなり』と。其れ以て此の廩と為す可きか」と。国羊鄭君に重んぜらる、君の己を悪むを聞き、侍飲して、因りて先づ君に謂ひて曰く、「臣適たま不幸にして過有らば、願はくは君幸にして之を告げよ。臣請ふ変更せん、則ち臣は死罪を免れん」と。客に韓の宣王に説く有り、宣王説びて太息す。
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『韓非子』外儲說左上第三十二一。明主の道は、有若の密子に応ずるが如し。人主の言を聴くや、其の弁を美とし、其の行を観るや、其の遠きを賢とす。故に群臣士民の言を道ふ者は迂弘にして、其の身を行ふや世を離る。其の説は田鳩の荊王に対ふるに在り。故に墨子木鳶を為り、謳癸武宮を築く。夫れ薬酒忠言は、明君聖主の以て独り知る所なり。二。人主の言を聴くや、功用を以て的と為さざれば、則ち説く者に棘刺・白馬の説多し。儀的を以て関と為さざれば、則ち射る者皆羿の如し。人主の説に於けるや、皆燕王の道を学ぶが如きなり。而して長説する者は、皆鄭人の年を争ふが如きなり。是を以て言に繊察微難にして務に非ざる有り、故に季・恵・宋・墨は皆画策なり。論に迂深閎大にして、用に非ざる有り、故に魏・長・瞻・陳・荘は皆鬼魅なり。行に払難堅確にして、功に非ざる有り、故に務・卞・鮑・介・田仲は皆堅瓠なり。且つ虞慶匠を詘して屋壊れ、范且工を窮して弓折る。是の故に其の誠を求むる者は、帰餉に非ざれば可ならず。三。夫の相為にするを挟めば則ち責望し、自ら為にすれば則ち事行はる。故に父子或いは怨譙し、庸を取りて作る者は美羹を進む。説は文公の先づ宣言すると勾践の如皇を称するとに在り。故に桓公蔡の怒りを蔵して楚を攻め、呉起瘳ゆるを懐ひて実に傷を吮ふ。且つ先王の賦頌、鍾鼎の銘は、皆播吾の跡、華山の博なり。然れども先王の期する所の者は利なり、用ふる所の者は力なり。築社の諺は、自ら辞説するなり。請ふ学者を許して宛曼を先王に行ふは、或いは今に宜しからざるか。是の如くんば、更むること能はざるなり。鄭県の人車厄を得るなり、衛人の弋を佐くるなり、卜子の妻の弊袴を写すなり、而して其の少者の長者に侍して飲むなり。
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『韓非子』外儲說左下第三十三一。罪を以て誅を受くれば、人上を怨まず、跀危子皐を生かす。功を以て賞を受くれば、臣君を徳とせず、翟璜右契を操りて軒に乗る。襄王知らず、故に昭卯五乗にして屩を履む。上任を過さず、臣能を誣ひざれば、即ち臣将に夫の少室周と為らんとす。二。勢を恃みて信を恃まず、故に東郭牙管仲を議す。術を恃みて信を恃まず、故に渾軒文公を非る。故に有術の主は、賞を信にして以て能を尽くさしめ、罰を必にして以て邪を禁ず、駮行有りと雖も、必ず利する所を得。簡主の陽虎に相たらしむる、哀公の一足を問ふ。三。臣主の理を失へば、則ち文王自ら履きて矜る。朝燕の処を易へざれば、則ち季孫終身荘にして賊に遇ふ。四。禁ずる所を利し、利する所を禁ずれば、神と雖も行はれず。罪する所を誉め、賞する所を毀れば、堯と雖も治まらず。夫れ門を為りて入らしめず、利を委ねて進ましめざるは、乱の産ずる所以なり。斉侯左右を聴かず、魏主誉むる者を聴かずして、明察羣臣を照らせば、則ち鉅も金銭を費さず、孱も璧を用ひず。西門豹復た鄴を治めんことを請ふ、以て之を知るに足る。猶ほ盗嬰児の裘を矜ると跀危子の衣を栄とするがごとし。子綽左右に画く、蟻を去り蠅を駆る。安んぞ桓公の官を索むるを憂ふると宣主の馬を臞するを患ふること無きを得んや。五。臣卑倹を以て行ひと為せば、則ち爵以て賞を観すに足らず。寵光節無ければ、則ち臣下侵偪す。説は苗賁皇の献伯を非り、孔子の晏嬰を議するに在り。故に仲尼管仲と孫叔敖とを論ず。而して出入の容変ずるは、陽虎の言其の臣を見るなり。而して簡主の人臣に応ずるや主術を失ふ。朋党相和し、臣下欲を得れば、則ち人主孤なり。羣臣公に挙げ、下相和せざれば、則ち人主明なり。陽虎将に趙武の賢、解狐の公と為らんとす、而して簡主以て枳棘と為す、国に教ふる所以に非ざるなり。六。公室卑ければ則ち直言を忌み、私行勝てば則ち公功少なし。
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『韓非子』外儲説右上第三十四是の日に於てや、郎中尽く之を知る。是の月に於てや、境内尽く之を知る。王樗里疾を召して曰く、「是れ何ぞ匈匈たるや、何に道りて出づる」と。樗里疾曰く、「犀首に似たり」と。王曰く、「吾犀首と言ふ無きなり、其れ犀首は何ぞや」と。樗里疾曰く、「犀首や羈旅にして、新たに罪に抵す、其の心孤なり、是の言は自ら衆に嫁するなり」と。王曰く、「然り」と。人をして犀首を召さしむるに、已に諸侯に逃れたり。堂谿公昭侯に謂ひて曰く、「今千金の玉巵有り、通じて当無し、以て水を盛る可きか」と。昭侯曰く、「不可なり」と。「瓦器有りて漏れず、以て酒を盛る可きか」と。昭侯曰く、「可なり」と。対へて曰く、「夫れ瓦器は、至賤なり、漏れざれば、以て酒を盛る可し。千金の玉巵有りと雖も、至貴にして当無く、漏るれば、水を盛る可からず、則ち人孰か漿を注がんや。今人の主と為りて其の羣臣の語を漏らすは、是れ猶ほ当無きの玉巵のごときなり。聖智有りと雖も、其の術を尽くす莫きは、其の漏るるが為なり」と。昭侯曰く、「然り」と。昭侯堂谿公の言を聞き、此れより後、天下の大事を発せんと欲すれば、未だ嘗て独り寝ねずんばあらず、夢言して人をして其の謀を知らしむるを恐るるなり。一に曰く、堂谿公昭侯に見えて曰く、「今白玉の巵有りて当無く、瓦巵有りて当有り。君渇せば、将に何を以て飲まんとする」と。君曰く、「瓦巵を以てせん」と。堂谿公曰く、「白玉の巵美にして君以て飲まざる者は、其の当無きを以てか」と。君曰く、「然り」と。堂谿公曰く、「人主と為りて其の羣臣の語を漏泄するは、譬へば猶ほ玉巵の当無きがごとし」と。堂谿公見ゆる毎に出づれば、昭侯必ず独り臥す、惟だ夢言の妻妾に泄れんことを恐る。申子曰く、「独り視る者を明と謂ひ、独り聴く者を聡と謂ふ。
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『韓非子』說難第十二之に説くに厚利を以てすれば、則ち陰かに其の言を用ゐて顕かに其の身を棄つ。此れ察せざるべからざるなり。夫れ事は密を以て成り、語は泄るるを以て敗る。未だ必ずしも其の身之を泄らさざるも、而も語の匿す所の事に及ぶ。此くの如き者は身危し。彼顕かに出だす所の事有りて、乃ち以て他の故を成さんとす。説く者徒に出だす所を知るのみならず、又其の為す所以を知る。此くの如き者は身危し。異事を規りて当たり、知者之を外に揣りて之を得、事外に泄るれば、必ず以て己と為す。此くの如き者は身危し。周沢未だ渥からずして、語極めて知る。説行はれて功有れば、則ち徳忘れらる。説行はれずして敗有れば、則ち疑はる。此くの如き者は身危し。貴人に過端有りて、説く者明らかに礼義を言ひて以て其の悪を挑む。此くの如き者は身危し。貴人或いは計を得て自ら以て功と為さんと欲し、説く者与り知る。此くの如き者は身危し。彊ふるに其の為すこと能はざる所を以てし、止むるに其の已むこと能はざる所を以てす。此くの如き者は身危し。
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史記 老子韓非列伝夫れ事は密なるを以て成り、語は泄るるを以て敗る。未だ必ずしも其の身之を泄らさざるに、語其の匿す所の事に及べば、是くの如き者は身危し。貴人に過端有るに、説者、明らかに言ひ善く議して以て其の悪を推む者は、則ち身危し。周澤未だ渥からざるに語極めて知なれば、説行はれて功有れば則ち徳亡く、説行はれずして敗有れば則ち疑はる、是くの如き者は身危し。夫れ貴人、計を得て自ら以て功と為さんと欲するに、説者焉を与り知れば、則ち身危し。彼顕らかに出だす所の事有りて乃ち自ら故と以為ふに、説者焉を与り知れば、則ち身危し。之に彊ふるに其の必ず為さざる所を以てし、之を止むるに其の已む能はざる所を以てする者は、身危し。故に曰く、之と大人を論ずれば則ち己を間すと以為はれ、之と細人を論ずれば則ち権を粥ぐと以為はる。其の愛する所を論ずれば則ち資を借ると以為はれ、其の憎む所を論ずれば則ち己を嘗みると以為はる。其の辞を径省すれば則ち知らずとして之を屈し、汎濫博文なれば則ち多しとして之を久しとす。事に順ひ意を陳ぶれば則ち怯懦にして尽くさずと曰ひ、事を慮ること広肆なれば則ち草野にして倨侮なりと曰ふ。此れ説の難きこと、知らざる可からざるなり。