韓非子 / 外儲説右上第三十四
故季孫讓仲尼以遇勢,而況錯之於君乎?是以太公望殺狂矞,而臧獲不乘驥。嗣公知之,故不駕鹿;薛公知之,故與二欒博。此皆知同異之反也。故明主之牧臣也,說在畜烏。二。人主者,利害之軺轂也,射者衆,故人主共矣。
新字:故季孫譲仲尼以遇勢,而況錯之於君乎?是以太公望殺狂矞,而臧獲不乗驥。嗣公知之,故不駕鹿;薛公知之,故与二欒博。此皆知同異之反也。故明主之牧臣也,説在畜烏。二。人主者,利害之軺轂也,射者衆,故人主共矣。
書き下し
故に季孫は仲尼を譲むるに勢に遇ふを以てす、而るを況んや之を君に錯くをや。是を以て太公望は狂矞を殺し、而して臧獲は驥に乗らず。嗣公は之を知る、故に鹿に駕せず。薛公は之を知る、故に二欒と博す。此れ皆同異の反を知るなり。故に明主の臣を牧するや、説は烏を畜ふに在り。二。人主なる者は、利害の軺轂なり、射る者衆し、故に人主は共せらる。
現代語訳
だから魯の家老・季孫は、勢の立場に立って仲尼(孔子)を責めたのである。まして勢を君主に置けばなおさらだ。それゆえ太公望(呂尚)は、斉の隠者・狂矞を殺したのであり、下僕でさえ(言うことを聞かない)駿馬には乗らないのである。衛の嗣公はこれを知っていたので鹿には車を引かせず、薛公(孟嘗君)もこれを知っていたので、二人の欒氏と博打をした。これらはみな、同じか異なるかの裏表を知っていたのである。だから明君が臣下を養うやり方は、烏を飼い慣らす話に示されている。その二。君主というものは、利害の集まる車の轂(こしき)のような存在で、狙って射かける者が多いので、君主は四方から攻め立てられるのである。
解説
第一の經の続きと、第二の經の書き出しです。季孫が孔子を責めた話、太公望が隠者を誅した話、衛の嗣公や薛公の話は、どれも後の「說」で語られる説話の見出しにあたります。共通するのは、賞罰で動かせない者は役に立たず、動かせる者は利で味方につけるという考え方で、烏の風切羽を切って人に頼らせる「畜烏」の比喩がその総まとめです。第二の經では、君主は利害の中心にいるため、あらゆる者から狙われると述べ、だからこそ好悪を外に見せるなという術の議論へ進みます。立場が上がるほど人の思惑が集まる、というのは今の管理職にもそのまま当てはまる観察です。
関連する章句
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『韓非子』外儲説右上第三十四已に自ら謂ひて以て世の賢士と為して主の用を為さず、行ひ極めて賢にして君に用ひられざる、此れ明主の臣とする所に非ざるなり、亦驥の左右す可からざるなり、是を以て之を誅す」と。一に曰く、太公望東のかた斉に封ぜらる。海上に賢者狂矞有り、太公望之を聞き、往きて焉を請ふ、三たび馬を門に却くれども狂矞報見せざるなり、太公望之を誅す。是の時に当たりてや、周公旦魯に在り、馳せ往きて之を止めんとす、至る比ほひ、已に之を誅せり。周公旦曰く、「狂矞は、天下の賢者なり、夫子何為れぞ之を誅する」と。太公望曰く、「狂矞や天子に臣たらず、諸侯を友とせずと議す、吾其の法を乱し教を易ふるを恐る、故に以て首誅と為す。今此に馬有り、形容驥に似たり、然れども之を駆れども往かず、之を引けども前まざれば、臧獲と雖も足を其の軫に託せざるなり」と。如耳衛の嗣公に説く、衛の嗣公説びて太息す。左右曰く、「公何為れぞ相とせざる」と。公曰く、「夫れ馬の鹿に似たる者は之を千金と題す、然り而して千金の馬有りて一金の鹿無き者は、馬は人の用を為して鹿は人の用を為さざればなり。今如耳は、万乗の相なり、外に大国の意有り、其の心衛に在らず、辨智なりと雖も、亦寡人の用を為さず、吾是を以て相とせざるなり」と。薛公の魏の昭侯に相たるや、左右に欒子なる者有り陽胡・潘其と曰ふ、王に於て甚だ重くして、薛公の為にせず。薛公之を患へ、是に於て乃ち召して之と博し、之に人ごとに百金を予ふ。之が昆弟をして博せしめ、俄かに又之に人ごとに二百金を益す。方に博して間有り、謁者客の張季の子門に在りと言ふ、公拂然として怒り、兵を撫して謁者に授けて曰く、「之を殺せ。吾聞く季の文の為にせざるを」と。立ちて間有り、時に季羽側に在り、曰く、「然らず。竊かに聞く季の公の為にすること甚だしと、顧だ其の人陰にして未だ聞こえざるのみ」と。
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『韓非子』外儲説右上第三十四太公望東のかた斉に封ぜらる、斉の東海の上に居士有り狂矞・華士と曰ふ昆弟二人なる者、議を立てて曰く、「吾天子に臣たらず、諸侯を友とせず、耕作して之を食ひ、井を掘りて之を飲む、吾人に求むる無きなり。上の名無く、君の禄無く、仕を事とせずして力を事とす」と。太公望営丘に至り、吏をして執へて之を殺さしめ以て首誅と為す。周公旦魯より之を聞き、急伝を発して之を問ひて曰く、「夫の二子は、賢者なり。今日国を饗けて賢者を殺すは、何ぞや」と。太公望曰く、「是の昆弟二人議を立てて曰く、『吾天子に臣たらず、諸侯を友とせず、耕作して之を食ひ、井を掘りて之を飲む、吾人に求むる無きなり。上の名無く、君の禄無く、仕を事とせずして力を事とす』と。彼の天子に臣たらざる者は、是れ望得て臣とせざるなり。諸侯を友とせざる者は、是れ望得て使はざるなり。耕作して之を食ひ、井を掘りて之を飲み、人に求むる無き者は、是れ望賞罰を以て勧禁するを得ざるなり。且つ上の名無ければ、知ありと雖も、望の用を為さず。君の禄を仰がざれば、賢なりと雖も、望の功を為さず。仕へざれば則ち治まらず、任ぜざれば則ち忠ならず。且つ先王の其の臣民を使ふ所以の者は、爵禄に非ざれば則ち刑罰なり。今四者以て之を使ふに足らざれば、則ち望当に誰が為に君たるべきか。兵革に服せずして顕れ、耕耨を親らせずして名あるは、又国に教ふる所以に非ざるなり。今此に馬有り、驥の状の如き者は、天下の至良なり。然り而して之を駆れども前まず、之を却けども止まらず、之を左にすれども左せず、之を右にすれども右せざれば、則ち臧獲賤しと雖も、其の足に託せず。臧獲の其の足を驥に託せんと願ふ所の者は、驥の以て利を追ひ害を辟く可きを以てなり。今人の用を為さざれば、臧獲賤しと雖も、其の足に託せず。
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『韓非子』外儲説右上第三十四臣をして君の禄を利とせざるを得ず、上の名に服する無きを得ざらしむ。夫れ君の禄を利とし、上の名に服せば、焉んぞ服せざるを得ん。二。申子曰く、「上明らかに見はるれば、人之に備ふ。其の明らかならざること見はるれば、人之を惑はす。其の知見はるれば、人之を飾る。知らざること見はるれば、人之に匿す。其の欲無きこと見はるれば、人之を司ふ。其の欲有ること見はるれば、人之を餌す。故に曰く、吾従りて之を知る無し、惟だ無為以て之を規す可し」と。一に曰く、申子曰く、「而の言を慎めや、人且に女を知らんとす。而の行を慎めや、人且に女に随はんとす。而の知見はるるや、人且に女に匿さんとす。而の知無きこと見はるるや、人且に女を意らんとす。女知有るや、人且に女に臧さんとす。女知無きや、人且に女を行はんとす。故に曰く、惟だ無為以て之を規す可し」と。田子方唐易鞠に問ひて曰く、「弋する者は何をか慎む」と。対へて曰く、「鳥は数百の目を以て子を視る、子は二目を以て之を御す、子謹んで子の廩を周くせよ」と。田子方曰く、「善し。子は之を弋に加へよ、我は之を国に加へん」と。鄭の長者之を聞きて曰く、「田子方は廩を為さんと欲するを知れども、未だ廩を為す所以を得ず。夫れ虚無にして見はるること無き者は、廩なり」と。一に曰く、斉の宣王弋を唐易子に問ひて曰く、「弋する者は奚をか貴ぶ」と。唐易子曰く、「廩を謹むに在り」と。王曰く、「何をか廩を謹むと謂ふ」と。対へて曰く、「鳥は数十目を以て人を視、人は二目を以て鳥を視る、奈何ぞ廩を謹まざらんや。故に『廩を謹むに在り』と曰ふなり」と。王曰く、「然らば則ち天下を為むるに何を以て此の廩を為さん。今人主は二目を以て一国を視、一国は万目を以て人主を視る、将に何を以て自ら廩を為さんとする」と。対へて曰く、「鄭の長者に言有りて曰く、『夫れ虚静無為にして見はるること無きなり』と。其れ以て此の廩と為す可きか」と。国羊鄭君に重んぜらる、君の己を悪むを聞き、侍飲して、因りて先づ君に謂ひて曰く、「臣適たま不幸にして過有らば、願はくは君幸にして之を告げよ。臣請ふ変更せん、則ち臣は死罪を免れん」と。客に韓の宣王に説く有り、宣王説びて太息す。
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『韓非子』外儲説右上第三十四其の下翎を断てば、則ち必ず人を恃みて食ふ、焉んぞ馴れざるを得んや。夫れ明主の臣を畜ふも亦然り、
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『韓非子』外儲説右上第三十四君の臣を治むる所以の者に三有り。一。勢以て化するに足らざれば則ち之を除く。師曠の対、晏子の説は、皆勢の易きを舍てて行の難きを道ふなり、是れ獣と逐ひ走るなり、未だ患を除くことを知らず。患の除く可きは、子夏の『春秋』を説くに在るなり。
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『韓非子』外儲説右上第三十四乃ち輟めて客を殺さず、大いに之を礼して、曰く、「曩者季の文の為にせざるを聞く、故に之を殺さんと欲す。今誠に文の為にするなり、豈に季を忘れんや」と。廩に告げて千石の粟を献ぜしめ、府に告げて五百金を献ぜしめ、騶に告げて私の廐の良馬固車二乗を献ぜしめ、因りて奄をして宮人の美妾二十人を将ゐて并せて季に遺らしむるなり。欒子因りて相謂ひて曰く、「公の為にする者は必ず利あり、公の為にせざる者は必ず害あり、吾曹何ぞ愛みて公の為にせざらん」と。因りて私に競ひ勧めて遂に之が為にす。薛公は人臣の勢を以て、人主の術を仮るなり、而して害生ずるを得ず、況んや之を人主に錯くをや。夫れ烏を馴らす者は其の下翎を断つ。