韓非子 / 外儲說左下第三十三
封人因竊謂仲曰:「適幸,及齊不死而用齊,將何報我?」曰:「如子之言,我且賢之用,能之使,勞之論。我何以報子?」封人怨之。
新字:封人因窃謂仲曰:「適幸,及斉不死而用斉,将何報我?」曰:「如子之言,我且賢之用,能之使,労之論。我何以報子?」封人怨之。
書き下し
封人因りて竊かに仲に謂ひて曰く、「適ま幸ひにして、斉に及びて死せずして斉に用ひられば、将に何を以て我に報いんとする。」曰く、「子の言の如くんば、我且に賢を之れ用ひ、能を之れ使ひ、労を之れ論ぜんとす。我何を以て子に報いん。」封人之を怨む。
現代語訳
(管仲が魯から囚人として斉へ送られる途中、国境の役人がひざまずいて食事を差し出し、手厚くもてなした。)その国境の役人は、そこでひそかに管仲に言った。「もし幸いにも、斉に着いて殺されずに用いられたら、私にどのように報いてくださいますか。」管仲は言った。「あなたの言うとおりになったら、私は賢い者を用い、能力のある者を使い、功労のある者を評価するつもりだ。あなたに何で報いられようか。」国境の役人は管仲を恨んだ。
解説
経六の「管仲公を以てして国人謗怨す」の説話です。囚われの身の管仲を国境の役人が手厚くもてなし、出世したら何で報いてくれるかと尋ねました。管仲は、賢者を用い、能力ある者を使い、功労を評価するだけで、私的な恩返しはしないと答え、役人に恨まれます。韓非はこの話で、公正に振る舞う者ほど私的な期待を裏切って恨みを買うという経六の主張を示しています。公室が弱く私的な行いがはびこる国では、こうした公正さは報われにくいのです。困っていたときに助けてくれた人に、立場を得てから便宜を図りたくなるのは人情ですが、それを公の人事でやれば組織は私物化されます。恩は私的に返し、公の判断は公の基準で行う線引きが大切です。
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『韓非子』外儲說左下第三十三管仲束縛せられ、魯自り齊に之く。道にて飢渇す、綺鳥の封人に過りて食を乞う。...封人之を怨む。
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呂氏春秋・贊能②管子は束縛せられて魯に在り。桓公、鮑叔を相にせんと欲す。鮑叔曰く、「吾が君、霸王たらんと欲すれば、則ち管夷吾、彼に在り。臣は若かざるなり。」桓公曰く、「夷吾は寡人の賊なり。我を射し者なり。不可なり。」鮑叔曰く、「夷吾は其の君の為に人を射し者なり。君若し得て之を臣とせば、則ち彼も亦た將に君の為に人を射んとせん。」桓公聽かず、強いて鮑叔を相とせんとす。固く辭して相を讓る,桓公果して之を聽く。是に於てか人をして魯に告げしめて曰く、「管夷吾は寡人の讎なり。願わくば之を得て親ら手を加えん。」魯君許諾し、乃ち吏をして其の拳を鞹し、其の目を膠し、之を盛るに鴟夷を以てし、之を車中に置かしむ。齊の境に至るや、桓公、人をして朝車を以て之を迎え、祓うに爟火を以てし、釁するに犧猳を以てし、生かして之と國に如かしむ。有司に命じて廟を除わしめ、筵几して之に薦めて曰く、「孤の夷吾の言を聞きし自り、目は益々明らかに、耳は益々聰なり。孤敢て專らにせず。敢て以て先君に告ぐ。」因りて顧みて管子に命じて曰く、「夷吾、予を佐けよ。」管仲還り走り、再拜稽首して、令を受けて出づ。管子、齊國を治め、事を舉げて功有れば、桓公必ず先づ鮑叔を賞して曰く、「齊國をして管子を得しめし者は、鮑叔なり。」桓公は賞を行うことを知れりと謂う可し。凡そ賞を行うには其の本を欲す。本なれば則ち過ち由りて生ずること無ければなり。
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