韓非子 / 外儲說左下第三十三
趙武所薦四十六人,及武死,各就賔位,其無私德若此也。平公問叔向曰:「羣臣孰賢?」曰:「趙武。」公曰:「子黨於師人。」向曰:「武立如不勝衣,言如不出口,然所舉士也數十人,皆得其意,而公家甚賴之。及武子之生也不利於家,死不託於孤,臣敢以爲賢也。」解狐薦其讎於簡主以爲相。其讎以爲且幸釋己也,乃因往拜謝。狐乃引弓迎而射之,曰:「夫薦汝,公也,以汝能當之也。夫讎汝,吾私怨也,不以私怨汝之故擁汝於吾君。」故私怨不入公門。一曰:解狐舉邢伯柳爲上黨守,柳往謝之,曰:「子釋罪,敢不再拜?」曰:「舉子,公也;怨子,私也。子往矣,怨子如初也。」鄭縣人賣豚,人問其價。曰:「道遠日暮,安暇語汝。」六。范文子喜直言,武子撃之以杖:「夫直議者不爲人所容,無所容則危身。非徒危身,又將危父。」子産者,子國之子也。
新字:趙武所薦四十六人,及武死,各就賓位,其無私徳若此也。平公問叔向曰:「羣臣孰賢?」曰:「趙武。」公曰:「子党於師人。」向曰:「武立如不勝衣,言如不出口,然所舉士也数十人,皆得其意,而公家甚頼之。及武子之生也不利於家,死不託於孤,臣敢以為賢也。」解狐薦其讎於簡主以為相。其讎以為且幸釈己也,乃因往拝謝。狐乃引弓迎而射之,曰:「夫薦汝,公也,以汝能当之也。夫讎汝,吾私怨也,不以私怨汝之故擁汝於吾君。」故私怨不入公門。一曰:解狐舉邢伯柳為上党守,柳往謝之,曰:「子釈罪,敢不再拝?」曰:「舉子,公也;怨子,私也。子往矣,怨子如初也。」鄭県人売豚,人問其価。曰:「道遠日暮,安暇語汝。」六。范文子喜直言,武子撃之以杖:「夫直議者不為人所容,無所容則危身。非徒危身,又将危父。」子産者,子国之子也。
書き下し
趙武の薦むる所四十六人、武の死するに及び、各賓位に就く、其の私徳無きこと此の若し。平公叔向に問ひて曰く、「群臣孰か賢なる。」曰く、「趙武なり。」公曰く、「子は師人に党す。」向曰く、「武は立てば衣に勝へざるが如く、言へば口より出でざるが如し、然れども挙ぐる所の士や数十人、皆其の意を得て、公家甚だ之に頼る。武子の生くるに及んでや家に利せず、死して孤を託せず、臣敢て以て賢と為すなり。」解狐其の讎を簡主に薦めて以て相と為す。其の讎以て且に幸ひに己を釈さんとすと為し、乃ち因りて往きて拝謝す。狐乃ち弓を引きて迎へて之を射て曰く、「夫れ汝を薦むるは、公なり、汝の能く之に当るを以てなり。夫れ汝を讎とするは、吾が私怨なり、私に汝を怨むの故を以て汝を吾が君に擁せず。」故に私怨は公門に入らず。一に曰く、解狐邢伯柳を挙げて上党の守と為す、柳往きて之に謝して曰く、「子罪を釈す、敢て再拝せざらんや。」曰く、「子を挙ぐるは、公なり。子を怨むは、私なり。子往け、子を怨むこと初めの如し。」鄭県の人豚を売る、人其の価を問ふ。曰く、「道遠く日暮る、安んぞ汝に語るに暇あらん。」六。范文子直言を喜ぶ、武子之を撃つに杖を以てす、「夫れ直議する者は人の容るる所と為らず、容るる所無ければ則ち身を危くす。徒に身を危くするのみに非ず、又将に父を危くせんとす。」子産は、子国の子なり。
現代語訳
趙武が推薦した者は四十六人にのぼったが、趙武が死ぬと、彼らはみな(身内としてではなく)ただの弔問客の席についた。趙武が私的な恩を売らなかったことは、これほどであった。晋の平公が叔向に尋ねた。「群臣の中で誰が賢いか。」叔向は「趙武です」と答えた。平公は言った。「あなたは自分の師筋の人をひいきしている。」叔向は言った。「趙武は立てば衣の重さにも耐えられないほど弱々しく、話せば言葉が口から出てこないかのように控えめです。しかし推挙した士は数十人にのぼり、みなその志を遂げ、公室は大いに彼らを頼りにしています。そのうえ趙武は、生きている間は自分の家の利益を図らず、死ぬときも自分の遺児を誰かに託しませんでした。だから私はあえて賢者と申し上げるのです。」解狐は自分の仇を趙の簡子に推薦して宰相にさせた。その仇は、解狐が幸いにも自分を許してくれるのだと思い、礼を言いに行った。すると解狐は弓を引きしぼって迎え、彼を射ようとして言った。「お前を推薦したのは公のためであり、お前がその任に堪えると思ったからだ。お前を仇とするのは私の個人的な恨みであり、個人的に恨んでいるからといって、お前を主君から遠ざけはしない。」だから私的な恨みは公の門に入れないのである。別の伝えでは、こうである。解狐が邢伯柳を上党の太守に推挙した。邢伯柳が礼を言いに行って、「あなたが私の罪を許してくださったのですから、再拝せずにはいられません」と言った。解狐は言った。「あなたを推挙したのは公のためであり、あなたを恨むのは私情だ。帰れ。あなたを恨む気持ちは前と変わらない。」鄭県の人が豚を売っていた。人がその値段を尋ねると、「道は遠いし日も暮れた。お前と話している暇などない」と言った。六。晋の范文子は直言を好んだ。父の范武子は杖で彼を打って言った。「率直に論じる者は人に受け入れられない。受け入れられなければ身を危うくする。自分の身を危うくするだけでなく、父までも危うくすることになるのだ。」子産は子国の子である。
解説
関連する章句
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『韓非子』外儲說左下第三十三中牟に令無し。晋の平公趙武に問ひて曰く、「中牟は、吾が国の股肱、邯鄲の肩髀なり。寡人其の良令を得んと欲す、誰をか使ひて可ならん。」武曰く、「邢伯子可なり。」公曰く、「子の讎に非ずや。」
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『新序』雜事第四晉の平公九原を過ぎて歎じて曰く、嗟乎、此の地の藴むる吾が良臣多し。若し死者をして起たしめば、吾將に誰と與に歸せんとするか、と。叔向對えて曰く、其れ趙武か、と。平公曰く、子は子の師に黨するなり、と。對えて曰く、臣敢えて趙武の人と爲りを言わん。立てば衣に勝えざるが若く、言えば口より出でざるが若し。然れども其の身士を白屋の下に舉ぐる者四十六人。皆な其の意を得て、公家甚だ之に賴る。文子の死するに及ぶや、四十六人皆な賓位に就く。是を以て私德無きなり。臣故に以て賢と爲すなり、と。平公曰く、善し、と。夫れ趙武は賢臣なり。晉に相たり、天下兵革無き者九年なり。春秋に曰く、晉の趙武の力、盡く人を得たり、と。
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『韓非子』外儲說左上第三十二曰く、「寧ろ度を信ずとも、自ら信ずること無きなり。」四。王登中牟の令と為り、上りて襄主に言ひて曰く、「中牟に士の中章・胥己と曰ふ者有り、其の身甚だ修まり、其の学甚だ博し、君何ぞ之を挙げざる。」主曰く、「子之に見えよ、我将に中大夫と為さんとす。」相室諫めて曰く、「中大夫は、晋の重列なり、今功無くして受くるは、晋臣の意に非ず。君其れ之を耳にして未だ之を目にせざるか。」襄主曰く、「我登を取る、既に之を耳にして之を目にせり。登の取る所、又之を耳にして之を目にせば、是れ人を耳目すること絶えて已む無し。」王登一日にして二中大夫を見えしめ、之に田宅を予ふ。中牟の人其の田耘を棄て、宅圃を売りて文学に随ふ者、邑の半ばなり。叔向坐に御す、平公事を請ふ、公腓痛み足痺れ転筋して敢て坐を壊らず。晋国之を聞き、皆曰く、「叔向は賢者なり、平公之を礼し、転筋して敢て坐を壊らず。」晋国の仕を辞し託して叔向を慕ふ者、国の錘なり。鄭県の人に屈公なる者有り、敵を聞きて、恐れ、因りて死す。恐れ已みて、因りて生く。趙の主父李疵をして中山の攻むべきや不やを視しむ。還りて報じて曰く、「中山伐つべきなり。君亟やかに伐たずんば、将に斉・燕に後れんとす。」主父曰く、「何の故に攻むべき。」李疵対へて曰く、「其の君巌穴の士を見ることを好み、蓋を傾け車を与にして以て窮閭隘巷の士に見ゆる所の者十を以て数へ、礼を伉して布衣の士に下る者百を以て数ふ。」君曰く、「子の言を以て論ずれば、是れ賢君なり、安んぞ攻むべけんや。」疵曰く、「然らず。
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説苑・至公趙宣子韓獻子を晉侯に言いて曰く、「其の人と為り黨せず、眾を治めて亂れず、死に臨みて恐れず」と。晉侯以て中軍尉と為す。河曲の役、趙宣子の車行を干す、韓獻子其の僕を戮す、人皆曰く、「韓獻子必ず死せん、其の主朝に之を昇し、而して暮に其の僕を戮す、誰か能く之を待たん」と。役罷みて、趙宣子大夫に觴し、爵三行して曰く、「二三子以て我を賀すべし」と。二三子曰く、「賀する所を知らず」と。宣子曰く、「我韓厥を君に言い、之を言いて當らざれば、必ず其の刑を受けん。今吾が車次を失いて其の僕を戮す、黨せずと謂うべし。是れ吾が言の當れるなり」と。二三子再拜稽首して曰く、「惟だ晉國のみ之を適享するに非ず、乃ち唐叔是れ賴るなり、敢えて再拜稽首せざらんや」と。
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『新序』雜事第一晉の大夫祁奚老ゆ。晉君問いて曰く、孰か嗣がしむ可き、と。祁奚對えて曰く、解狐可なり、と。君曰く、子の讐に非ずや、と。對えて曰く、君は可を問えるにして、讐を問えるに非ざるなり、と。晉遂に解狐を舉ぐ。後に又た問う、孰か以て國尉と爲す可き、と。祁奚對えて曰く、午や可なり、と。君曰く、子の子に非ずや、と。對えて曰く、君は可を問えるにして、子を問えるに非ざるなり、と。君子祁奚を能く善を舉ぐと謂えり。其の讐を稱するは謟と爲さず、其の子を立つるは比と爲さず。書に曰く、偏せず黨せざれば、王道蕩蕩たり、と。祁奚の謂いなり。外に舉げて仇讐を避けず、内に舉げて親戚を回らざるは、至公と謂う可し。唯だ善なり、故に能く其の類を舉ぐ。詩に曰く、唯だ其れ之れ有り、是を以て之に似たり、と。祁奚焉れ有り。
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『韓非子』內儲說下六微第三十一左右に私かに善からざる者有り、乃ち之が為に王に請ひて曰く、「公子甚だ貧しく、馬甚だ痩す、王何ぞ之に馬食を益さざる。」王許さず。左右因りて微かに夜芻廐を焼かしむ。王以て賤公子と為すや、乃ち之を誅す。魏に老儒有りて済陽君に善からず。客に老儒と私怨有る者有り、因りて老儒を攻めて之を殺し、以て済陽君に徳として曰く、「臣其の君に善からざるが為なり、故に君の為に之を殺せり。」済陽君因りて察せずして之を賞す。一に曰く、済陽君に少庶子有り、知られずして君に愛を入れんと欲する者有り。斉老儒をして薬を馬梨の山に掘らしむ、済陽の少庶子以て功と為さんと欲し、入りて君に見えて曰く、「斉老儒をして薬を馬梨の山に掘らしむ、名は薬を掘るなるも、実は君の国を間するなり。君之を殺さずんば、是れ将に済陽君を以て罪を斉に抵さんとす。臣請ふ之を刺さん。」君曰く、「可なり。」是に於て明日之を城陰に得て之を刺す、済陽君還りて益ます之を親しむ。四。陳需は、魏王の臣なり、荊王に善し、而して荊をして魏を攻めしむ。荊魏を攻む、陳需因りて魏王の為に行きて之を解かんことを請ひ、因りて荊の勢を以て魏に相たり。韓の昭侯の時、黍種嘗て貴きこと甚し。昭侯人をして廩を覆さしむ、吏果して黍種を竊みて之を糶ること甚だ多し。昭奚恤の荊に用ひらるるや、倉廥窌を焼く者有りて其の人を知らず。昭奚恤吏をして茅を販ぐ者を執へて之を問はしむ、果して焼けり。昭僖侯の時、宰人食を上るに羹中に生肝有り、昭侯宰人の次を召して之を誚めて曰く、「若何為れぞ生肝を寡人の羹中に置く。」宰人頓首して死罪に服して曰く、「竊かに尚宰人を去らんと欲するなり。」一に曰く、僖侯浴す、湯中に礫有り。僖侯曰く、「尚浴免ぜらるれば、則ち当に代るべき者有るか。」左右対へて曰く、「有り。」僖侯曰く、「召して来れ。」之を譙めて曰く、「何為れぞ礫を湯中に置く。」対へて曰く、「尚浴免ぜらるれば、則ち臣之に代るを得ん、是を以て礫を湯中に置く。」