韓非子 / 外儲說左下第三十三
子産忠於鄭君,子國譙怒之曰:「夫介異於人臣,而獨忠於主。主賢明,能聽汝;不明,將不汝聽。聽與不聽,未可必知,而汝已離於羣臣。
新字:子産忠於鄭君,子国譙怒之曰:「夫介異於人臣,而独忠於主。主賢明,能聴汝;不明,将不汝聴。聴与不聴,未可必知,而汝已離於羣臣。
書き下し
夫れ人臣に介異して、獨り主に忠ならんか。...聴かるると聴かれざるとは、未だ必ずしも知る可からず。而るに汝巳に群臣に離る。
現代語訳
(子國が子産に言った)「お前は同僚たち(群臣)と距離を置き、一人だけ君主に忠誠を誓っているが...。(その忠誠が)君主に受け入れられるかどうかも分からないのに、お前は既にもう同僚たちから孤立している(離る)。」
解説
子産が鄭の君主にひたすら忠義を尽くしていたところ、目上の子國がこう諫めました。「お前は同僚たちと距離を置き、自分だけが君主に忠実であろうとしている。しかし、その忠義が本当に君主に受け入れられるかどうかもまだ分からないのに、お前はすでに周りの仲間たちから浮いてしまっているではないか」。正しいことをしている、上の人のために尽くしているという思いだけで突っ走ると、気づけば周りの理解や助けを失い、孤立してしまうことがあります。職場で「自分だけは正しいことをしている」と考えて周囲と足並みをそろえずに突っ走る人や、家庭で「子どものためだ」という思いだけで学校や周りの意見を聞かずに孤立してしまう親にも当てはまる話です。志が正しくても、周りの仲間との信頼関係を保っておかなければ、いざという時に誰も後押ししてくれず、結局何も実現できなくなってしまいます。
この章句が説くこと
組織内政治協調性正論の罠根回し孤立スタンドプレー
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