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韓非子 / 內儲說下六微第三十一

及王與鄭袖、美女三人坐,袖因先誡御者曰:「王適有言,必亟聽從王言。」美女前近王甚,數掩口。王悖然怒曰:「劓之。」御因揄刀而劓美人。一曰:魏王遺荆王美人,荆王甚悅之。夫人鄭袖知王悅愛之也,亦悅愛之,甚於王。衣服玩好,擇其所欲爲之。王曰:「夫人知我愛新人也,其悅愛之甚於寡人,此孝子所以養親,忠臣之所以事君也。」夫人知王之不以己爲妬也,因爲新人曰:「王甚悅愛子,然惡子之鼻。子見王,常掩鼻,則王長幸子矣。」於是新人從之,每見王,常掩鼻。王謂夫人曰:「新人見寡人常掩鼻,何也?」對曰:「不知也。」王强問之,對曰:「頃嘗言惡聞王臭。」王怒曰:「劓之!」夫人先誡御者曰:「王適有言,必可從命。」御者因揄刀而劓美人。費無極,荆令尹之近者也。郄宛新事令尹,令尹甚愛之。無極因謂令尹曰:「君愛宛甚,何不一爲酒其家?」令尹曰:「善。」因令之爲具於郄宛之家。無極教宛曰:「令尹甚傲而好兵,子必謹敬,先亟陳兵堂下及門庭。」宛因爲之。令尹往而大驚,曰:「此何也?」無極曰:「君殆,去之!事未可知也。」令尹大怒,舉兵而誅郄宛,遂殺之。犀首與張壽爲怨,陳需新入,不善犀首,因使人微殺張壽。魏王以爲犀首也,乃誅之。中山有賤公子,馬甚瘦,車甚弊。

新字:及王与鄭袖、美女三人坐,袖因先誡御者曰:「王適有言,必亟聴従王言。」美女前近王甚,数掩口。王悖然怒曰:「劓之。」御因揄刀而劓美人。一曰:魏王遺荆王美人,荆王甚悦之。夫人鄭袖知王悦愛之也,亦悦愛之,甚於王。衣服玩好,択其所欲為之。王曰:「夫人知我愛新人也,其悦愛之甚於寡人,此孝子所以養親,忠臣之所以事君也。」夫人知王之不以己為妬也,因為新人曰:「王甚悦愛子,然悪子之鼻。子見王,常掩鼻,則王長幸子矣。」於是新人従之,毎見王,常掩鼻。王謂夫人曰:「新人見寡人常掩鼻,何也?」対曰:「不知也。」王強問之,対曰:「頃嘗言悪聞王臭。」王怒曰:「劓之!」夫人先誡御者曰:「王適有言,必可従命。」御者因揄刀而劓美人。費無極,荆令尹之近者也。郄宛新事令尹,令尹甚愛之。無極因謂令尹曰:「君愛宛甚,何不一為酒其家?」令尹曰:「善。」因令之為具於郄宛之家。無極教宛曰:「令尹甚傲而好兵,子必謹敬,先亟陳兵堂下及門庭。」宛因為之。令尹往而大驚,曰:「此何也?」無極曰:「君殆,去之!事未可知也。」令尹大怒,舉兵而誅郄宛,遂殺之。犀首与張寿為怨,陳需新入,不善犀首,因使人微殺張寿。魏王以為犀首也,乃誅之。中山有賤公子,馬甚痩,車甚弊。

書き下し

王と鄭袖・美女三人坐するに及び、袖因りて先づ御者を誡めて曰く、「王適ま言有らば、必ず亟やかに王の言を聴従せよ。」美女前みて王に近づくこと甚しく、数しば口を掩ふ。王悖然として怒りて曰く、「之を劓れ。」御因りて刀を揄きて美人を劓る。一に曰く、魏王荊王に美人を遺る、荊王甚だ之を悦ぶ。夫人鄭袖王の之を悦愛するを知るや、亦之を悦愛すること、王より甚し。衣服玩好、其の欲する所を択びて之を為す。王曰く、「夫人我の新人を愛するを知るや、其の之を悦愛すること寡人より甚し、此れ孝子の親を養ふ所以、忠臣の君に事ふる所以なり。」夫人王の己を以て妬と為さざるを知るや、因りて新人に為りて曰く、「王甚だ子を悦愛す、然れども子の鼻を悪む。子王に見えば、常に鼻を掩へ、則ち王長く子を幸せん。」是に於て新人之に従ひ、王に見ゆる毎に、常に鼻を掩ふ。王夫人に謂ひて曰く、「新人寡人に見えて常に鼻を掩ふは、何ぞや。」対へて曰く、「知らざるなり。」王強ひて之を問ふ、対へて曰く、「頃ろ嘗て王の臭を聞くを悪むと言へり。」王怒りて曰く、「之を劓れ。」夫人先づ御者を誡めて曰く、「王適ま言有らば、必ず命に従ふべし。」御者因りて刀を揄きて美人を劓る。費無極は、荊の令尹の近き者なり。郄宛新たに令尹に事ふ、令尹甚だ之を愛す。無極因りて令尹に謂ひて曰く、「君宛を愛すること甚し、何ぞ一たび其の家に酒を為さざる。」令尹曰く、「善し。」因りて之をして具を郄宛の家に為さしむ。無極宛に教へて曰く、「令尹甚だ傲りて兵を好む、子必ず謹敬し、先づ亟やかに兵を堂下及び門庭に陳ねよ。」宛因りて之を為す。令尹往きて大いに驚きて曰く、「此れ何ぞや。」無極曰く、「君殆し、之を去れ。事未だ知るべからざるなり。」令尹大いに怒り、兵を挙げて郄宛を誅し、遂に之を殺す。犀首と張寿と怨みを為す、陳需新たに入り、犀首に善からず、因りて人をして微かに張寿を殺さしむ。魏王以て犀首と為すや、乃ち之を誅す。中山に賤公子有り、馬甚だ痩せ、車甚だ弊る。

現代語訳

(楚の懐王が)夫人の鄭袖と新しい美女と三人で座ったとき、鄭袖は前もって御者に言い含めておいた。「王が何かおっしゃったら、必ずすぐに王のお言葉どおりにしなさい。」美女が王のすぐそばまで進み出て、何度も口を覆った。王はむっとして怒り、「鼻を削げ」と言った。御者はすぐに刀を抜いて美女の鼻を削いだ。別の伝えでは、こうである。魏王が楚王に美女を贈ると、楚王はたいそう喜んだ。夫人の鄭袖は、王がその美女を愛していると知ると、自分も王以上にその美女をかわいがった。衣服や愛玩の品も、美女の望むものを選んで与えた。王は言った。「夫人は私が新しい女を愛しているのを知って、私以上にかわいがっている。これこそ孝行な子が親を養い、忠臣が君に仕える心である。」鄭袖は、王が自分を嫉妬深いとは思っていないと知ると、美女に言った。「王はあなたをとても愛しておられますが、あなたの鼻だけはお嫌いです。王にお目通りするときはいつも鼻を覆いなさい。そうすれば王はずっとあなたを寵愛なさるでしょう。」美女はこれに従い、王に会うたびに鼻を覆った。王が鄭袖に「新しい女は私に会うといつも鼻を覆うが、なぜだろう」と言うと、鄭袖は「存じません」と答えた。王が強いて問うと、「先ごろ、王の臭いを嗅ぐのが嫌だと申しておりました」と答えた。王は怒って「鼻を削げ」と言った。鄭袖は前もって御者に「王が何かおっしゃったら、必ずその命に従いなさい」と言い含めていたので、御者はすぐに刀を抜いて美女の鼻を削いだ。費無極は楚の令尹(宰相)の側近であった。郄宛が新たに令尹に仕えると、令尹は彼をたいそう気に入った。費無極は令尹に言った。「あなたは郄宛をとても気に入っておられる。一度、彼の家で酒宴を開いてはいかがですか。」令尹は「よかろう」と言い、郄宛の家で宴の支度をさせた。費無極は郄宛に教えた。「令尹はとても尊大で武事を好む。あなたは必ず礼を尽くし、まず急いで武器を堂の下と門の庭に並べておきなさい。」郄宛はそのとおりにした。令尹が出向いて大いに驚き、「これは何だ」と言うと、費無極は言った。「あなたは危ない。ここを離れてください。何が起こるかわかりません。」令尹は大いに怒り、兵を出して郄宛を攻め、ついに殺した。犀首(公孫衍)と張寿は恨み合っていた。陳需は新たに魏に仕えたが、犀首と仲が悪かったので、ひそかに人をやって張寿を殺させた。魏王は犀首の仕業だと思い、犀首を罰した。中山に身分の低い公子がいて、馬はひどく痩せ、車はひどく傷んでいた。

解説

「似類」の説話が続きます。鄭袖の話は『戦国策』楚策にも見える有名な逸話で、嫉妬を見せずに恋敵をかわいがり、王の信頼を得たうえで一言の嘘で相手を破滅させました。王は「なぜ鼻を覆うのか」を本人に確かめず、鄭袖の説明だけで処罰を命じています。費無極の話では、令尹を喜ばせるためと称して武器を並べさせ、謀反の準備に見せかけました。陳需は犀首の政敵を殺して犀首に罪を着せています。いずれも、罠を仕掛けた者は表に出ず、君主自身の命令で相手を処分させる点が巧妙です。人からの説明だけで評価を下すとき、当人に直接確かめるひと手間が、組織を讒言から守ります。

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