史記 / 孝景本紀
孝景七年、太尉條侯周亜夫を以て丞相と為す。呉楚七国反するや、亜夫を遣りて之を撃たしむ、三月にして七国皆破る。適材を其の任に用ゐて、危機を平定す。
新字:孝景七年、太尉条侯周亜夫を以て丞相と為す。呉楚七国反するや、亜夫を遣りて之を撃たしむ、三月にして七国皆破る。適材を其の任に用ゐて、危機を平定す。
書き下し
孝景七年、太尉條侯周亜夫を以て丞相と為す。呉楚七国反するや、亜夫を遣りて之を撃たしむ、三月にして七国皆破る。適材を其の任に用ゐて、危機を平定す。
現代語訳
「重大な危機に際しては、その局面に最もふさわしい人材を、見極めて起用する」——景帝が、七国の乱を平定した、その要諦を描いた一段です。景帝の治世、最大の危機は、なんといっても、削藩に反発した諸侯が起こした「呉楚七国の乱」でした。数十万の兵を擁する七つの国が、いっせいに反旗を翻し、都へと攻め上ってきたのです。漢王朝の存亡が、かかっていました。この、国家存亡の危機に際して、景帝が下した、最も重要な判断——それは、この難局を託すに、最もふさわしい人材を、見極めて起用したことでした。景帝が選んだのは、周亜夫(しゅうあふ)。(かつて、細柳の陣で、軍規の厳しさによって文帝を感嘆させた、)名将・周勃の子であり、軍略と統率に、抜群の力を持つ人物です。景帝は、この周亜夫を、太尉から丞相の地位に就け、七国討伐の全権を、委ねました。周亜夫は、その期待に、みごとに応えます。(正面からの力押しを避け、敵の兵糧の道を断つという、巧みな戦略で、)わずか三月のうちに、七つの国を、ことごとく打ち破り、大反乱を、平定したのです。国家の存亡を分ける危機を、適材を、その任に起用することで、乗り切ったのです。ここに、危機と人材起用についての教訓があります。第一に、重大な危機や、困難な局面に際しては、その局面に、最もふさわしい能力を持つ人材を、見極めて起用することが、決定的に重要だということ。景帝は、軍事の危機に、軍略に長けた周亜夫を起用した。危機の性質を見極め、それに合った人材を、大胆に登用し、権限を委ねる。第二に、平時の人材と、危機の人材は、必ずしも同じではないということ。危機のときには、平時に目立たなくとも、その困難を打開できる、特別な能力を持つ者を、見出す必要がある。第三に、そして、起用したなら、(周亜夫に討伐の全権を委ねたように、)思い切って権限を委ね、その力を存分に発揮させること。組織や経営で、重大な危機には最もふさわしい能力を持つ人材を見極めて起用すること、平時の人材と危機の人材は必ずしも同じでないと知ること、そして起用したなら思い切って権限を委ね力を発揮させること——景帝が七国の乱を平定した要諦は、危機に際する人材起用の重要性を教えます。