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韓非子 / 內儲說上七術第三十

有過不罪,無功受賞,雖亡,不亦可乎?」齊國好厚葬,布帛盡於衣衾,材木盡於棺椁。桓公患之,以告管仲曰:「布帛盡則無以爲蔽,材木盡則無以爲守備,而人厚葬之不休,禁之柰何?」管仲對曰:「凡人之有爲也,非名之,則利之也。」於是乃下令曰:「棺椁過度者戮其尸,罪夫當喪者。」夫戮死無名,罪當喪者無利,人何故爲之也?衞嗣君之時,有胥靡逃之魏,因爲襄王之后治病。衞嗣君聞之,使人請以五十金買之,五反而魏王不予,乃以左氏易之。羣臣左右諫曰:「夫以一都買胥靡,可乎?」王曰:「非子之所知也。夫治無小而亂無大。法不立而誅不必,雖有十左氏無益也;法立而誅必,雖失十左氏無害也。」魏王聞之曰:「主欲治而不聽之,不祥。」因載而往,徒獻之。三。齊王問於文子曰:「治國何如?」對曰:「夫賞罰之爲道,利器也。君固握之,不可以示人。若如臣者,猶獸鹿也,唯薦草而就。」越王問於大夫文種曰:「吾欲伐吳,可乎?」對曰:「可矣。吾賞厚而信,罰嚴而必。君欲知之,何不試焚宫室?」於是遂焚宫室,人莫救之。乃下令曰:「人之救火者死,比死敵之賞;救火而不死者,比勝敵之賞;不救火者,比降北之罪。」人塗其體被濡衣而走火者,左三千人,右三千人。此知必勝之勢也。吳起爲魏武侯西河之守。秦有小亭臨境,吳起欲攻之。不去,則甚害田者;去之,則不足以徵甲兵。

新字:有過不罪,無功受賞,雖亡,不亦可乎?」斉国好厚葬,布帛尽於衣衾,材木尽於棺椁。桓公患之,以告管仲曰:「布帛尽則無以為蔽,材木尽則無以為守備,而人厚葬之不休,禁之柰何?」管仲対曰:「凡人之有為也,非名之,則利之也。」於是乃下令曰:「棺椁過度者戮其尸,罪夫当喪者。」夫戮死無名,罪当喪者無利,人何故為之也?衛嗣君之時,有胥靡逃之魏,因為襄王之后治病。衛嗣君聞之,使人請以五十金買之,五反而魏王不予,乃以左氏易之。羣臣左右諫曰:「夫以一都買胥靡,可乎?」王曰:「非子之所知也。夫治無小而乱無大。法不立而誅不必,雖有十左氏無益也;法立而誅必,雖失十左氏無害也。」魏王聞之曰:「主欲治而不聴之,不祥。」因載而往,徒献之。三。斉王問於文子曰:「治国何如?」対曰:「夫賞罰之為道,利器也。君固握之,不可以示人。若如臣者,猶獣鹿也,唯薦草而就。」越王問於大夫文種曰:「吾欲伐呉,可乎?」対曰:「可矣。吾賞厚而信,罰厳而必。君欲知之,何不試焚宮室?」於是遂焚宮室,人莫救之。乃下令曰:「人之救火者死,比死敵之賞;救火而不死者,比勝敵之賞;不救火者,比降北之罪。」人塗其体被濡衣而走火者,左三千人,右三千人。此知必勝之勢也。呉起為魏武侯西河之守。秦有小亭臨境,呉起欲攻之。不去,則甚害田者;去之,則不足以徴甲兵。

書き下し

過ち有るも罪せず、功無くして賞を受くれば、亡ぶと雖も、亦可ならずや」と。斉国厚葬を好み、布帛は衣衾に尽き、材木は棺椁に尽く。桓公之を患ひ、以て管仲に告げて曰く、「布帛尽くれば則ち以て蔽ひと為す無く、材木尽くれば則ち以て守備と為す無し。而るに人の厚葬すること休まず、之を禁ずること奈何」と。管仲対へて曰く、「凡そ人の為す有るや、之を名とするに非ざれば、則ち之を利とするなり」と。是に於て乃ち令を下して曰く、「棺椁度に過ぐる者は其の尸を戮し、夫の喪に当たる者を罪す」と。夫れ死を戮すれば名無く、喪に当たる者を罪すれば利無し。人何の故にか之を為さんや。衛の嗣君の時、胥靡有りて魏に逃れ、因りて襄王の后の為に病を治す。衛の嗣君之を聞き、人をして五十金を以て之を買はんことを請はしむ。五たび反るも魏王予へず、乃ち左氏を以て之に易へんとす。群臣左右諫めて曰く、「夫れ一都を以て胥靡を買ふは、可ならんや」と。王曰く、「子の知る所に非ざるなり。夫れ治に小無く、乱に大無し。法立たずして誅必ならずんば、十の左氏有りと雖も益無きなり。法立ちて誅必ならば、十の左氏を失ふと雖も害無きなり」と。魏王之を聞きて曰く、「主治めんと欲して之に聴かざるは、不祥なり」と。因りて載せて往き、徒だ之を献ず。三。斉王、文子に問ひて曰く、「国を治むること何如」と。対へて曰く、「夫れ賞罰の道為る、利器なり。君固く之を握り、以て人に示すべからず。臣の如き者の若きは、猶ほ獣鹿のごときなり、唯だ薦草にのみ就く」と。越王、大夫文種に問ひて曰く、「吾呉を伐たんと欲す、可ならんか」と。対へて曰く、「可なり。吾が賞は厚くして信、罰は厳にして必なり。君之を知らんと欲せば、何ぞ試みに宮室を焚かざる」と。是に於て遂に宮室を焚く。人之を救ふ莫し。乃ち令を下して曰く、「人の火を救ひて死する者は、死敵の賞に比し、火を救ひて死せざる者は、勝敵の賞に比し、火を救はざる者は、降北の罪に比す」と。人の其の体に塗り濡衣を被て火に走る者、左に三千人、右に三千人。此れ必勝の勢ひを知るなり。呉起、魏の武侯の為に西河の守と為る。秦に小亭有りて境に臨む。呉起之を攻めんと欲す。去らずんば、則ち甚だ田者を害す。之を去らんとすれば、則ち以て甲兵を徴するに足らず。

現代語訳

(卜皮は魏王に言った。)「過ちがあっても罰せず、功がないのに賞を受ける。これでは国が滅んでも、当然ではありませんか」。斉の国では手厚い葬儀が好まれ、布や絹は死者の衣や夜具に使い尽くされ、材木は棺や外棺に使い尽くされた。桓公はこれを憂えて管仲に言った。「布や絹が尽きれば身を覆うものがなくなり、材木が尽きれば守りの備えができなくなる。それなのに人々は手厚い葬儀をやめない。これを禁じるにはどうすればよいか」。管仲は答えた。「およそ人が何かをするのは、名誉のためでなければ、利益のためです」。そこで命令を下した。「棺や外棺が決まりを超える者は、その死体を辱め、喪主を罰する」。死体を辱められれば名誉はなく、喪主を罰されれば利益はない。人々はどうしてそんなことをしようか。衛の嗣君の時、刑徒が魏へ逃げ、魏の襄王の后の病を治した。衛の嗣君はそれを聞き、人をやって五十金で買い戻したいと申し入れさせた。五度往復しても魏王は渡さなかったので、左氏という町と引き換えにしようとした。群臣や側近が諫めて言った。「一つの都市で刑徒一人を買うなど、よろしいのですか」。嗣君は言った。「お前たちにわかることではない。治めることに小事はなく、乱れることに大事はない。法が立たず、罰が必ず行われなければ、左氏のような町が十あっても役には立たない。法が立ち、罰が必ず行われれば、左氏のような町を十失っても害はない」。魏王はそれを聞いて、「君主が国を治めようとしているのに、それを聞き入れないのは不吉である」と言い、刑徒を車に載せて送り、ただで献上した。(以下は説の)三である。斉王が文子に尋ねた。「国を治めるにはどうすればよいか」。文子は答えた。「賞罰というやり方は、鋭い道具です。君主が固く握り、人に見せてはなりません。わたしのような臣下は、獣や鹿のようなもので、ただ草のあるところへ寄っていくだけです」。越王が大夫の文種に尋ねた。「わしは呉を討ちたいと思うが、よいだろうか」。文種は答えた。「よろしいでしょう。わが国の賞は手厚く確実で、罰は厳しく必ず行われます。殿がそれを確かめたいなら、試しに宮殿に火を放ってごらんなさい」。そこで宮殿に火を放ったが、誰も消そうとしなかった。そこで命令を下した。「火を消して死んだ者は、敵と戦って死んだ者と同じ賞を与える。火を消して死ななかった者は、敵に勝った者と同じ賞を与える。火を消さない者は、敵に降伏し逃亡した罪と同じとする」。すると体に泥を塗り、濡れた衣をかぶって火に飛び込む者が、左に三千人、右に三千人いた。これで必ず勝てる勢いがあることがわかった。呉起が魏の武侯のために西河の長官となった。秦の小さな砦が国境に臨んでいた。呉起はこれを攻めようと思った。取り除かなければ田を耕す者にひどく害を与える。しかし取り除こうにも、そのために兵を徴発するほどのことでもなかった。

解説

必罰の説話の結びから、説の三、賞誉の術の説話へと移ります。卜皮の言葉は、慈恵が過ぎれば功のない者が賞され罪ある者が許され、国が滅ぶという結論です。管仲が厚葬を、死体を辱め喪主を罰することでやめさせた話は、人は名誉か利益のために動くという人間観に基づく政策です。衛の嗣君が一つの町と引き換えに逃亡した刑徒を取り戻そうとした話は、法を必ず行うことが国の土台だという覚悟を示しています。文子の「臣下は獣鹿のように草に寄るだけ」と、文種が宮殿に火を放って賞罰の効き目を試した話は、手厚く確実な賞が人を死地にも向かわせることを示しています。報酬の約束は、守られると信じられて初めて人を動かします。

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