韓非子 / 大體第二十九
故大人寄形於天地而萬物備,歴心於山海而國家富。上無忿怒之毒,下無伏怨之患,上下交樸,以道爲舍。故長利積,大功立,名成於前,德垂於後,治之至也。
新字:故大人寄形於天地而万物備,歴心於山海而国家富。上無忿怒之毒,下無伏怨之患,上下交樸,以道為舎。故長利積,大功立,名成於前,徳垂於後,治之至也。
書き下し
故に大人は形を天地に寄せて万物備はり、心を山海に歴て国家富む。上に忿怒の毒無く、下に伏怨の患ひ無く、上下交々樸にして、道を以て舎と為す。故に長利積み、大功立ち、名前に成り、徳後に垂る、治の至りなり。
現代語訳
だから偉大な君主は、身を天地にゆだねて万物が備わり、心を山や海のように広く働かせて国家が富む。上には怒りによる害がなく、下にはひそかな恨みの憂いがなく、上も下もともに素朴で、道を住まいとする。だから長い利益が積み重なり、大きな功が立ち、名は生前に成り、徳は死後に伝わる。これが治世の極みである。
解説
大体篇の結びです。偉大な君主は身を天地にゆだね、心を山や海のように広く持つことで、万物がそろい国家が富むと言います。上に怒りがなく下に恨みがない、つまり君主が感情で賞罰を行わず、臣下も不当な扱いを受けないので、上下ともに素朴で、道を住まいとして暮らせるのです。その結果、長い利益が積み重なり、大きな功が立ち、名は生前に成り徳は死後に伝わると締めくくります。大体篇は老子の無為の思想を法治の土台として取り込んだ篇で、韓非の思想の広がりをよく示しています。上司が感情的に叱らず、部下が恨みをためない職場では、余計な駆け引きが減り、長く成果を積み重ねることができます。
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『淮南子』泰族訓故に上下 道を異にすれば則ち治まり、道を同じくすれば則ち亂る。位 高くして道 大なる者は從い、事 大にして道 小なる者は凶なり。故に小快は義を害し、小慧は道を害し、小辯は治を害し、苛削は德を傷る。大政は險ならず、故に民 道き易し。至治は寬裕、故に下 相い賊わず。至忠は素に復る、故に民 情を匿す無し。
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