韓非子 / 功名第二十八
非天時,雖十堯不能冬生一穗;逆人心,雖賁、育不能盡人力。故得天時,則不務而自生;得人心,則不趣而自勸;因技能,則不急而自疾;得勢位,則不推進而名成。
新字:非天時,雖十堯不能冬生一穂;逆人心,雖賁、育不能尽人力。故得天時,則不務而自生;得人心,則不趣而自勧;因技能,則不急而自疾;得勢位,則不推進而名成。
書き下し
天の時に非ざれば、十堯と雖も冬に一穂を生ずること能はず。人心に逆らへば、賁・育と雖も人力を尽くさしむること能はず。故に天の時を得れば、則ち務めずして自ら生じ、人心を得れば、則ち趣さずして自ら勧み、技能に因れば、則ち急がずして自ら疾く、勢位を得れば、則ち推進せずして名成る。
現代語訳
天の時にかなわなければ、堯が十人いても、冬に一本の穂も実らせることはできない。人の心に逆らえば、孟賁や夏育のような勇者でも、人に力を尽くさせることはできない。だから天の時を得れば、努めなくても作物は自然に育ち、人の心を得れば、せき立てなくても人は自ら励み、技能を生かせば、急がせなくても自然に速く進み、勢いのある地位を得れば、押し出さなくても名は成る。
解説
功名篇は、君主が功と名を成し遂げる条件を説く篇で、冒頭で天の時・人心・技能・勢位の四つを挙げます。天の時がなければ堯が十人いても冬に穂は実らず、人心に逆らえば勇者でも人を動かせません。逆に、四つがそろえば、努めず、せき立てず、急がせず、押し出さなくても、物事は自然に成ると言います。個人の努力や徳より、条件と位置が成否を決めるという、韓非の現実的な見方がよく表れています。とくに最後の勢位は、次の単位で詳しく論じられます。事業でも、市場の時機、顧客や社員の心、専門の技能、業界での立場がそろえば、無理に押さなくても成果は後からついてきます。
関連する章句
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