韓非子 / 觀行第二十四
故以有餘補不足。以長續短之謂明主。天下有信數三:一曰智有所不能立,二曰力有所不能舉,三曰彊有所不能勝。
新字:故以有余補不足。以長続短之謂明主。天下有信数三:一曰智有所不能立,二曰力有所不能舉,三曰彊有所不能勝。
書き下し
故に有余を以て不足を補ひ、長を以て短を続ぐ、之を明主と謂ふ。天下に信数三有り。一に曰く、智も立つること能はざる所有り。二に曰く、力も挙ぐること能はざる所有り。三に曰く、彊も勝つこと能はざる所有り。
現代語訳
だから、余っているもので足りないものを補い、長いもので短いものを継ぎ足す、それができる者を明主という。天下には確かな道理が三つある。第一に、知恵があっても成し遂げられないことがある。第二に、力があっても持ち上げられないものがある。第三に、強くても勝てない相手がある。
解説
直前で韓非は、気の短い西門豹はなめし革を身につけて自分を緩め、気の長い董安于は弓の弦を身につけて自分を引き締めた、という話を挙げています。人は誰でも偏りを持つので、余ったところで足りないところを補うのが明主だというのです。続く「信数三」は、知恵にも力にも強さにも限界があるという、誰にも当てはまる確かな道理です。韓非は個人の能力を過信せず、限界を前提に仕組みを組み立てよと説きます。この後、法術を用いなければ賁・育のような勇者も勝ち続けられないと続きます。人材配置でも、一人の万能を期待するより、長所と短所を組み合わせてチームで補い合う方が確実です。
関連する章句
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『韓非子』用人第二十七人に君たる者、能く賢巧の能はざる所を去りて、中拙の万に失はざる所を守れば、則ち人力尽きて功名立つ。明主は為すべきの賞を立て、避くべきの罰を設く。故に賢者は賞に勧みて子胥の禍ひを見ず、不肖者は罪少なくして傴の背を剖かるるを見ず。盲者も平に処りて深谿に遇はず、愚者も静を守りて険危に陥らず。此の如くなれば、則ち上下の恩結ぶ。古の人曰く、「其の心は知り難く、喜怒は中て難し」と。故に表を以て目に示し、鼓を以て耳に語り、法を以て心に教ふ。人に君たる者、三易の数を釈てて一難知の心を行へば、此の如くなれば、則ち怒り上に積もりて怨み下に積もる。
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『韓非子』南面第十八三者は、主を惽くらまし法を壊るの資なり。人主、人臣をして、智能有りと雖も、法に背きて専制するを得ず、賢行有りと雖も、功を踰えて先だちて労するを得ず、忠信有りと雖も、法を釈てて禁ぜざるを得ざらしむ。此れを之れ明法と謂う。
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『韓非子』觀行第二十四時に満虚有り、事に利害有り、物に生死有り。人主、三者の為に喜怒の色を発すれば、則ち金石の士も心を離す。聖賢の樸深し。故に明主は人を観て、人をして己を観しめず。堯の独り成すこと能はず、烏獲の自ら挙ぐること能はず、賁・育の自ら勝つこと能はざるに明らかにして、法術を以てすれば、則ち観行の道畢はる。
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『韓非子』觀行第二十四故に明主は烏獲を窮むるに、其の自ら舉ぐる能わざるを以てせず。離朱を困むるに、其の自ら見る能わざるを以てせず。可勢に因りて、易道を求む。
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『韓非子』人主第五十二今は則ち然らず。其の當途の臣は勢を得て事を擅(ほしいまま)にし、以て其の私を環(めぐ)らし、左右近習は朋黨比周して以て䟽遠を制す、則ち法術の士は奚(いず)れの時にか進用せらるるを得ん、人主は奚れの時にか論裁するを得ん。故に術有るも必ずしも用ひられず、而して勢は兩立せず、法術の士焉(いずく)んぞ危ふきこと無きを得んや。故に人に君たる者、能く大臣の議を退けて左右の訟に背き、獨り道言に合ふに非ざれば、則ち法術の士安んぞ能く死亡の危を蒙りて說を進めんや。此れ世の治まらざる所以なり。明主は、功を推して爵禄し、能を稱(はか)りて官事し、舉ぐる所の者は必ず賢有り、用ふる所の者は必ず能有り。賢能の士進めば、則ち私門の請止む。
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『長短経』適変申子曰く「君は身の如く、臣は手の如し。君は其の本を設け、臣は其の末を操る。人に君たる者は、契を操りて以て其の名を責む。名なる者は、天地の綱、聖人の符なり。天地の綱を張り聖人の符を用うれば、則ち万物逃るる所無し」と。〈議に曰く、韓子曰く「人主なる者は、目、離朱の若くして乃ち明と為すに非ざるなり。耳、師曠の若くして乃ち聡と為すに非ざるなり。其の数に任ぜずして目を待ちて以て明と為せば、見る所の者少なし。蔽われざるの術に非ざるなり。其の勢いに因らずして、耳を待ちて以て聡と為せば、聞く所の者寡なし。欺かれざるの道に非ざるなり。明主なる者は、天下をして己が為に視ざるを得ざらしめ、天下をして己が為に聴かざるを得ざらしむ。身は深宮の中に居りて、明らかに四海の内を燭らし、而して天下の蔽う能わず欺く能わざるは、何ぞや。罪を匿すの罰は重く、奸を告ぐるの賞は厚ければなり」と。