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韓非子 / 說林下二十三

靖郭君曰:「善。」乃輟,不城薛。荆王弟在秦,秦不出也。中射之士曰:「資臣百金,臣能出之。」因載百金之晉,見叔向,曰:「荆王弟在秦,秦不出也。請以百金委叔向。」叔向受金,而以見之晉平公曰:「可以城壺丘矣。」平公曰:「何也?」對曰:「荆王弟在秦,秦不出也,是秦惡荆也,必不敢禁我城壺丘。若禁之,我曰:『爲我出荆王之弟,吾不城也。』彼如出之,可以得荆;彼不出,是卒惡也,必不敢禁我城壺丘矣。」公曰:「善。」乃城壺丘。謂秦公曰:「爲我出荆王之弟,吾不城也。」秦因出之。荆王大說,以鍊金百鎰遺晉。闔廬攻郢,戰三勝,問子胥曰:「可以退乎?」子胥對曰:「溺人者一飲而止,則無遂者,以其休也。不如乘之以沉之。」鄭人有一子,將宦,謂其家曰:「必築壞墻,是不善,人將竊。」其巷人亦云。不時築,而人果竊之。以其子爲智,以巷人告者爲盜。

新字:靖郭君曰:「善。」乃輟,不城薛。荆王弟在秦,秦不出也。中射之士曰:「資臣百金,臣能出之。」因載百金之晋,見叔向,曰:「荆王弟在秦,秦不出也。請以百金委叔向。」叔向受金,而以見之晋平公曰:「可以城壺丘矣。」平公曰:「何也?」対曰:「荆王弟在秦,秦不出也,是秦悪荆也,必不敢禁我城壺丘。若禁之,我曰:『為我出荆王之弟,吾不城也。』彼如出之,可以得荆;彼不出,是卒悪也,必不敢禁我城壺丘矣。」公曰:「善。」乃城壺丘。謂秦公曰:「為我出荆王之弟,吾不城也。」秦因出之。荆王大説,以錬金百鎰遺晋。闔廬攻郢,戦三勝,問子胥曰:「可以退乎?」子胥対曰:「溺人者一飲而止,則無遂者,以其休也。不如乗之以沈之。」鄭人有一子,将宦,謂其家曰:「必築壊墻,是不善,人将窃。」其巷人亦云。不時築,而人果窃之。以其子為智,以巷人告者為盗。

書き下し

靖郭君曰く、「善し」と。乃ち輟めて、薛に城かず。荊王の弟秦に在り、秦出ださざるなり。中射の士曰く、「臣に百金を資けよ、臣能く之を出ださん」と。因りて百金を載せて晋に之き、叔向に見えて曰く、「荊王の弟秦に在り、秦出ださざるなり。請ふ百金を以て叔向に委ねん」と。叔向金を受けて、以て之を晋の平公に見えしめて曰く、「以て壺丘に城くべし」と。平公曰く、「何ぞや」と。対へて曰く、「荊王の弟秦に在り、秦出ださざるなり、是れ秦、荊を悪むなり。必ず敢へて我の壺丘に城くを禁ぜず。若し之を禁ぜば、我曰はん、『我が為に荊王の弟を出ださば、吾城かざるなり』と。彼如し之を出ださば、以て荊を得べし。彼出ださずんば、是れ卒に悪むなり、必ず敢へて我の壺丘に城くを禁ぜざらん」と。公曰く、「善し」と。乃ち壺丘に城く。秦公に謂ひて曰く、「我が為に荊王の弟を出ださば、吾城かざるなり」と。秦因りて之を出だす。荊王大いに説び、錬金百鎰を以て晋に遺る。闔廬、郢を攻め、戦ひて三たび勝ち、子胥に問ひて曰く、「以て退くべきか」と。子胥対へて曰く、「人を溺らす者、一たび飲ましめて止めば、則ち遂ぐる無し、其の休むを以てなり。之に乗じて以て之を沈むるに如かず」と。鄭人に一子有り、将に宦せんとして、其の家に謂ひて曰く、「必ず壊れし牆を築け、是れ善からず、人将に窃まんとす」と。其の巷人も亦云ふ。時に築かずして、人果たして之を窃む。其の子を以て智と為し、巷人の告げし者を以て盗と為す。

現代語訳

靖郭君は「よくわかった」と言い、工事を取りやめて薛に城を築かなかった。楚王の弟が秦にいて、秦は帰そうとしなかった。宮中の護衛の士が言った。「わたしに百金をお預けください。わたしが弟君を連れ出してみせます」。そこで百金を車に積んで晋へ行き、叔向に会って言った。「楚王の弟君が秦にいて、秦は帰そうとしません。どうかこの百金を叔向殿にお任せしたい」。叔向は金を受け取ると、晋の平公に目通りして言った。「壺丘に城を築くことができます」。平公が「なぜか」と尋ねると、叔向は答えた。「楚王の弟が秦にいて、秦は帰そうとしません。これは秦が楚を憎んでいるということです。(楚と事を構えている秦は)わが国が壺丘に城を築くのをあえて止めはしないでしょう。もし止めてきたら、こう言います。『わがために楚王の弟を帰してくれるなら、城は築かない』と。秦が弟を帰せば、楚の恩を得られます。帰さなければ、秦はとことん楚を憎んでいるのですから、わが国が壺丘に城を築くのを止めることはできません」。平公は「よろしい」と言い、壺丘に城を築いた。そして秦の君に「わがために楚王の弟を帰してくれるなら、城は築かない」と言った。秦はそこで弟を帰した。楚王は大いに喜び、精錬した金百鎰を晋に贈った。呉王闔廬が楚の都の郢を攻め、三度戦って三度勝ったところで、伍子胥に「もう退いてよいか」と尋ねた。子胥は答えた。「人を溺れさせようとする者が、一度水を飲ませただけでやめれば、仕留めることはできません。相手に息をつかせるからです。この勢いに乗じて沈めてしまうに越したことはありません」。鄭の人に息子が一人いて、仕官に出かけるにあたって家の者に言った。「崩れた塀を必ず築き直してください。このままではよくない、人に盗みに入られます」。その町内の者も同じことを言った。すぐに築き直さなかったところ、果たして盗みに入られた。(その家では)息子を賢いと思い、同じことを告げた町内の者を盗人だと疑った。

解説

説林下篇の結びの四つの話です。「海大魚」の結びで、靖郭君は、斉という海を離れれば薛の城をいくら高くしても守れないと悟り、築城をやめました。叔向の策は、百金の依頼を受けて、秦が断れない状況を作り、城も楚の恩も同時に得るという、一石二鳥の交渉術です。伍子胥の「溺れる者に息をつかせるな」は、勝ち戦で手を緩めるなという冷徹な戦略論です。最後の鄭の人の話は、同じ忠告でも、身内が言えば賢いとされ、他人が言えば盗人と疑われるという人の心の偏りで、説難篇の宋の富人の話と同じ趣旨です。忠告の中身より言った人との関係で受け止め方が変わることは、社内の提案でもよく起こります。

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