韓非子 / 說林下二十三
夫事有所必歸,而以有所腫膝而不任,智者之所獨知也。
新字:夫事有所必帰,而以有所腫膝而不任,智者之所独知也。
書き下し
夫れ事には必ず帰する所有り、而して膝を腫らす所有るを以て任へざるは、智者の独り知る所なり。
現代語訳
そもそも物事には必ず行き着くところ(理由)があるが、(その馬が蹴らなかったのが)膝が腫れていて体重を支えきれなかったためだということは、知恵のある者だけが知りうることである。
解説
伯楽の弟子の話の結論です。蹴り癖のある馬が蹴らなかったのは、膝が腫れて前足で体を支えられず、後ろ足を上げられなかったからでした。韓非は、物事には必ずそうなる理由があるが、表に出ない隠れた条件まで見抜けるのは知者だけだと言います。見かけの結果が予想と違ったとき、見立てそのものが誤っていたのか、別の条件が働いたのかを区別することが大切です。法家は人の言葉や外見を鵜呑みにせず、実情を確かめることを重んじます。仕事でも、施策の効果が出なかったとき、施策が悪いのか、別の制約が効果を打ち消したのかを見分けなければ、正しい手を捨ててしまうことになります。
関連する章句
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