韓非子 / 說林上二十二
楊子謂弟子曰:「行賢而去自賢之心,焉往而不美?」衞人嫁其子而教之曰:「必私積聚。爲人婦而出,常也;其成居,幸也。」其子因私積聚,其姑以爲多私而出之。其子所以反者,倍其所以嫁。其父不自罪於教子非也,而自知其益富。今人臣之處官者,皆是類也。魯丹三說中山之君而不受也,因散五十金事其左右。復見,未語,而君與之食。
新字:楊子謂弟子曰:「行賢而去自賢之心,焉往而不美?」衛人嫁其子而教之曰:「必私積聚。為人婦而出,常也;其成居,幸也。」其子因私積聚,其姑以為多私而出之。其子所以反者,倍其所以嫁。其父不自罪於教子非也,而自知其益富。今人臣之処官者,皆是類也。魯丹三説中山之君而不受也,因散五十金事其左右。復見,未語,而君与之食。
書き下し
楊子、弟子に謂ひて曰く、「賢を行ひて自ら賢とするの心を去らば、焉くに往くとして美ならざらん」と。衛人、其の子を嫁せしめて之に教へて曰く、「必ず私に積聚せよ。人の婦と為りて出ださるるは常なり。其の成り居るは幸なり」と。其の子因りて私に積聚す。其の姑以て私多しと為して之を出だす。其の子の反る所以の者は、其の嫁する所以に倍す。其の父、自ら子に教ふることの非なるを罪せずして、自ら其の益々富めるを知とす。今人臣の官に処る者、皆是の類なり。魯丹、三たび中山の君に説きて受けられざるなり。因りて五十金を散じて其の左右に事ふ。復た見ゆるに、未だ語らずして、君之に食を与ふ。
現代語訳
楊子(楊朱)は弟子に言った。「立派な行いをしながら、自分を立派だと思う心を捨てれば、どこへ行っても好かれないことがあろうか」。衛の人が娘を嫁がせるとき、こう教えた。「必ずへそくりをためておけ。嫁に行って離縁されるのはよくあることで、添い遂げられるのは幸運なのだから」。娘はそこでへそくりをため込んだ。姑はへそくりが多すぎると思って娘を離縁した。娘が持ち帰った財産は、嫁入りのときに持って行った分の倍にもなった。父親は娘への教えが誤っていたことを反省せず、かえって財産が増えたことを自分の知恵だと思った。今の官職にある臣下は、みなこの類である。魯丹が三度中山国の君に説いたが受け入れられなかった。そこで五十金をばらまいて君の側近たちに取り入った。もう一度目通りすると、まだ何も話さないうちに、君は彼に食事をふるまった。
解説
関連する章句
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『韓非子』說林上二十二魯丹出でて、舍に反らず、遂に中山を去る。其の御曰く、「反りて見(まみ)ゆるに、乃ち始めて我を善くす、何の故に之を去るか」と。魯丹曰く、「夫れ人の言を以て我を善くする者は、必ず人の言を以て我を罪せん」と。未だ境を出でざるに、公子之を惡みて曰く、「趙の爲に來りて中山を間(うかが)ふ」と。君因りて索(もと)めて之を罪す。
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『韓非子』說林上二十二美しき者は自ら美しとすれば、吾其の美しきを知らざるなり。悪き者は自ら悪しとすれば、吾其の悪きを知らざるなり。
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『列子』黄帝篇楊朱宋を過ぎ、東のかた逆旅に之く。逆旅の人に妾二人有り。其の一人は美しく、其の一人は惡し。惡き者は貴くして美しき者は賤し。楊子其の故を問う。逆旅の小子對えて曰く、其の美しき者は自ら美とす、吾は其の美なるを知らざるなり。其の惡しき者は自ら惡しとす、吾は其の惡しきを知らざるなり、と。楊子曰く、弟子之を記せ。賢を行いて自ら賢とするの行いを去らば、安くに往くとして愛せられざらんや、と。
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『淮南子』氾論訓宋人に子を嫁がしむる者有り。其の子に告げて曰く、「嫁は未だ必ずしも成らざるなり。如し出さるること有らば、私かに藏せざる可からず。私かに藏して富まば、其れ以て復た嫁ぐに易からん」と。其の子 父の計を聽き、竊みて之を藏す。公 其の盜むを知るが若く、逐いて之を去らしむ。其の父 自ら非とせずして、反って其の計を得たりとす。出でて財を藏する所以を知りて、財を藏するが出さるる所以なるを知らず。論を爲すこと此くの如きは、豈に勃ならずや。今夫れ僦載する者は、一車の任を救い、一牛の力を極む。軸の折るるが爲に、如し轅軸を其の上にして以て造と爲すこと有れば、軸轅の趣に軸を折らしむるを知らず。楚王の玦を佩びて菟を逐うに、走りて其の玦を破るが爲に、因りて兩玦を珮びて以て之が豫と爲す。兩玦 相い觸れて、破るること乃ち逾々疾し。亂國の治、此に似たる有り。夫れ鴟の目は大なるも視ること鼠に若かず。蚈の足は眾きも走ること蛇に若かず。物 固より大なるも小に若かず、眾きも少なきに若かざる者有り。
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『韓非子』說林下二十三恵子曰く、「羿、決を執り扞を持し、弓を操り機を関けば、越人も争ひて為に的を持つ。弱子弓を扜けば、慈母も室に入りて戸を閉づ」と。故に曰く、「必とすべくんば、則ち越人も羿を疑はず。必とすべからずんば、則ち慈母も弱子を逃る」と。桓公、管仲に問ふ、「富に涯有るか」と。答へて曰く、「水の涯を以てするは、其の水無き者なり。富の涯を以てするは、其の富已に足る者なり。人自ら足るに止まること能はずして、其の富の涯を亡ふか」と。宋の富賈に監止子なる者有り、人と百金の璞玉を争ひ買ふ。因りて佯りて失ひて之を毀ち、其の百金を負ひて、其の毀瑕を理め、千溢を得たり。事には之を挙げて敗有るも、其の之を挙ぐること毋きに賢る者有り、之を負ふの時なり。御を以て荊王に見えんと欲する者有り、衆騶之を妬む。因りて曰く、「臣能く鹿を撽つ」と。王に見ゆ。王、御を為して鹿に及ばず、自ら御して之に及ぶ。王其の御を善しとし、乃ち衆騶の之を妬むを言ふ。荊、公子をして将として陳を伐たしむ。丈人之を送りて曰く、「晋は彊し、慎まざるべからざるなり」と。公子曰く、「丈人奚ぞ憂へん。吾丈人の為に晋を破らん」と。丈人曰く、「可なり。吾方に陳の南門の外に廬せん」と。公子曰く、「是れ何ぞや」と。曰く、「我は勾践を笑ふなり。人の為すこと是の如く其れ易きに、己独り何為れぞ密密として十年難めるや」と。堯、天下を以て許由に譲る。許由之を逃れ、家人に舎る。家人其の皮冠を蔵す。夫れ天下を棄つるに、家人其の皮冠を蔵するは、是れ許由を知らざる者なり。三虱相与に訟ふ。一虱之に過りて曰く、「訟ふる者奚をか説く」と。三虱曰く、「肥饒の地を争ふ」と。一虱曰く、「若も亦臘の至りて茅の燥くを患へざるのみ。若又奚ぞ是を患へん」と。乃ち相与に聚まりて其の母を嘬ひて之を食ふ。彘臞せて、人乃ち殺さず。虫に螝なる者有り、一身両口、食を争ひて相齕む。遂に相殺し、因りて自ら殺す。人臣の事を争ひて其の国を亡ぼす者は、皆螝の類なり。
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『韓非子』說林上二十二乃ち伐らざるなり。楊子、宋の東の逆旅に過る。