韓非子 / 說林上二十二
魯丹出,而不反舍,遂去中山。其御曰:「反見,乃始善我,何故去之?」魯丹曰:「夫以人言善我,必以人言罪我。」未出境,而公子惡之曰:「爲趙來間中山。」君因索而罪之。
新字:魯丹出,而不反舎,遂去中山。其御曰:「反見,乃始善我,何故去之?」魯丹曰:「夫以人言善我,必以人言罪我。」未出境,而公子悪之曰:「為趙来間中山。」君因索而罪之。
書き下し
魯丹出でて、舍に反らず、遂に中山を去る。其の御曰く、「反りて見(まみ)ゆるに、乃ち始めて我を善くす、何の故に之を去るか」と。魯丹曰く、「夫れ人の言を以て我を善くする者は、必ず人の言を以て我を罪せん」と。未だ境を出でざるに、公子之を惡みて曰く、「趙の爲に來りて中山を間(うかが)ふ」と。君因りて索(もと)めて之を罪す。
現代語訳
魯丹は(王に会って)出ると宿舎に戻らず、そのまま中山を去った。御者が言った。「戻ってお目通りしたら、王はようやく我々を厚遇してくれたのに、なぜ去るのですか」。魯丹は言った。「他人の言葉によって私を厚遇する君主なら、必ず他人の言葉によって私を罰するだろう」。まだ国境を出ないうちに、公子が魯丹を憎んで「趙のために来て中山を偵察している」と讒言した。王はそこで魯丹を捜し出して罪に落とした。
解説
魯丹が中山を去ろうとすると、御者が「先ほど会ったばかりで、これから良くしてもらえそうなのに、なぜ去るのですか」と尋ねます。魯丹は「他人の口添えで私を良く扱う主君は、他人の告げ口でも同じように私を罪に落とすだろう」と答えました。案の定、魯丹が国境を出る前に、ある公子が「あの男は趙のために中山を探りに来た間者だ」と讒言し、主君は魯丹を捕らえて罪に問いました。実力や事実ではなく、誰かの口添えや噂話で人の評価が決まる場では、今日褒められても明日は同じ噂話で切り捨てられかねません。まともに物事を見極める人ほど、そうした危うい場を早々に見限って離れていくものです。
この章句が説くこと
評価の公平性情実人事讒言社内政治ゴシップ
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