韓非子 / 喻老第二十一
故曰:「將欲翕之,必固張之;將欲弱之,必固強之。」晉獻公將欲襲虞,遺之以璧馬;知伯將襲仇由,遺之以廣車。故曰:「將欲取之,必固與之。」起事於無形,而要大功於天下,「是謂微明」。處小弱而重自卑損,謂「弱勝強」也。
新字:故曰:「将欲翕之,必固張之;将欲弱之,必固強之。」晋献公将欲襲虞,遺之以璧馬;知伯将襲仇由,遺之以広車。故曰:「将欲取之,必固与之。」起事於無形,而要大功於天下,「是謂微明」。処小弱而重自卑損,謂「弱勝強」也。
書き下し
故に曰く、「将に之を翕めんと欲すれば、必ず固く之を張る。将に之を弱めんと欲すれば、必ず固く之を強くす」と。晋の献公、将に虞を襲はんと欲し、之に遺るに璧馬を以てす。知伯、将に仇由を襲はんとし、之に遺るに広車を以てす。故に曰く、「将に之を取らんと欲すれば、必ず固く之に与ふ」と。事を無形に起こして、大功を天下に要む、「是を微明と謂ふ」。小弱に処りて重く自ら卑損す、「弱は強に勝つ」と謂ふなり。
現代語訳
だから(老子は)「縮めようとするなら、まずしっかり広げてやる。弱めようとするなら、まずしっかり強くしてやる」と言うのである。晋の献公は虞を攻め取ろうとして、まず宝玉と名馬を贈った。知伯は仇由を攻め取ろうとして、まず大きな車を贈った。だから「奪おうとするなら、まずしっかり与えてやる」と言うのである。形に現れないうちに事を起こし、天下に大きな功を収める、これを「微明(かすかにして明らか)」という。小さく弱い立場にいて、ことさら自分を低くへりくだる、これを「弱が強に勝つ」というのである。
解説
老子第三十六章の「将に之を取らんと欲すれば、必ず固く之に与ふ」を、謀略の実例で説く段です。晋の献公は虞に宝玉と名馬を贈って道を借り、虢を滅ぼした帰りに虞も滅ぼしました。知伯は仇由に大鐘を贈り、それを運ぶための道を開かせて攻め込んだと説林下篇にもあります。韓非は、相手に与えて油断させ、形に現れないうちに事を運ぶことを「微明」と読みました。老子の柔弱の思想を、権謀の技術として読むのが韓非の特色です。ビジネスでも、過剰な好条件の提示は、その先に囲い込みや買収の意図が隠れていないか見る必要があります。
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