韓非子 / 喻老第二十一
人君見賞,而人臣用其勢;人君見罰,人臣乘其威。故曰:「邦之利器,不可以示人。」越王入宦於吴,而觀之伐齊以弊吳。吳兵既勝齊人於艾陵,張之於江、濟,強之於黄池,故可制於五湖。
新字:人君見賞,而人臣用其勢;人君見罰,人臣乗其威。故曰:「邦之利器,不可以示人。」越王入宦於呉,而観之伐斉以弊呉。呉兵既勝斉人於艾陵,張之於江、済,強之於黄池,故可制於五湖。
書き下し
人君賞を見(あらわ)せば、人臣其の勢を用ひ、人君罰を見せば、人臣其の威に乘ず。故に曰く、「邦の利器は、以て人に示す可からず」と。越王は吴に入りて宦(つか)へ、之に齊を伐たしめて以て吳を弊(つか)らす。吳兵既に齊人に艾陵に勝ち、之を江・濟に張り、之を黄池に強くす、故に五湖に制す可かりき。
現代語訳
君主が賞を(手の内として)見せれば臣下はその勢いを利用し、君主が罰を見せれば臣下はその威を借りる。だからこう言われる——「国家の鋭い武器は、人に見せてはならない」と。越王(勾践)は呉に入って臣下として仕え、呉に斉を討たせて呉を疲弊させた。呉の軍は斉に艾陵で勝ち、勢力を長江・済水にまで広げ、黄池でその強さを誇示した。だからこそ(疲れきったところを)五湖で制することができたのである。
解説
「賞罰」こそ、国というものの最も鋭い刃物(利器)だと韓非は言います。上に立つ者がこれを握っていれば下の者を思うように動かせますが、もしその刃物を下の者に握られてしまえば、いつの間にか上下が入れ替わってしまいます。原文では、越王が呉に人質として仕えながら機会をうかがい、呉に斉を討たせて疲れさせ、最後は五湖で呉を打ち破った故事が続きます。誰を褒め誰を叱るか、何を許し何を許さないかという最終判断は、家庭でも会社でも町内会でも、まとめ役が最後まで自分の手で握っておくべき要です。ここを人任せにした途端、決める人と従う人の立場が静かに入れ替わってしまいます。
この章句が説くこと
人事権賞罰権限リーダーシップインセンティブ設計
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