韓非子 / 飾邪第十九
古者先王盡力於親民,加事於明法。彼法明,則忠臣勸;罰必,則邪臣止。忠勸邪止而地廣主尊者,秦是也;羣臣朋黨比周以隱正道行私曲而地削主卑者,山東是也。
新字:古者先王尽力於親民,加事於明法。彼法明,則忠臣勧;罰必,則邪臣止。忠勧邪止而地広主尊者,秦是也;羣臣朋党比周以隠正道行私曲而地削主卑者,山東是也。
書き下し
古者先王は力を民に親しむに尽くし、事を法を明らかにするに加ふ。彼の法明らかなれば、則ち忠臣勧み、罰必なれば、則ち邪臣止む。忠勧み邪止みて地広く主尊き者は、秦是れなり。群臣朋党比周して以て正道を隠し私曲を行ひて地削られ主卑き者は、山東是れなり。
現代語訳
昔の先王は、民と親しむことに力を尽くし、法を明らかにすることに努めた。法が明らかであれば忠臣は励み、罰が必ず行われれば邪な臣は止む。忠臣が励み邪な臣が止んで、領土が広がり君主が尊くなったのは、秦である。群臣が徒党を組んで結託し、正しい道を隠して私的な曲事を行い、領土が削られ君主が卑しくなったのは、山東(崤山以東の六国)である。
解説
「飾邪」篇で、占いに代わって国の盛衰を決めるものは何かを示す一節です。答えは法の明確さと罰の確実さでした。法が明らかなら忠臣は励み、罰が必ず行われれば邪な臣はやむ。その実例として、法を徹底して強くなった秦と、群臣が徒党を組んで衰えた山東の六国とを対比します。韓非は韓の公子でしたが、法による統治の成功例としてはっきり秦を挙げており、後に秦の始皇帝が韓非の書を読んで感嘆したと『史記』は伝えています。組織の盛衰も、運や流行ではなく、ルールが明確で公平に運用されているかどうかで決まるという教えです。
関連する章句
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