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韓非子 / 南面第十八

人主使人臣言者必知其端以責其實,不言者必問其取舍以爲之責,則人臣莫敢妄言矣,又不敢默然矣,言、默則皆有責也。人主欲爲事,不通其端末,而以明其欲,有爲之者,其爲不得利,必以害反。知此者,任理去欲。舉事有道,計其入多,其出少者,可爲也。惑主不然,計其入,不計其出,出雖倍其入,不知其害,則是名得而實亡。如是者功小而害大矣。凡功者,其入多,其出少,乃可謂功。

新字:人主使人臣言者必知其端以責其実,不言者必問其取舎以為之責,則人臣莫敢妄言矣,又不敢黙然矣,言、黙則皆有責也。人主欲為事,不通其端末,而以明其欲,有為之者,其為不得利,必以害反。知此者,任理去欲。舉事有道,計其入多,其出少者,可為也。惑主不然,計其入,不計其出,出雖倍其入,不知其害,則是名得而実亡。如是者功小而害大矣。凡功者,其入多,其出少,乃可謂功。

書き下し

人主、人臣をして言はしむる者は、必ず其の端を知りて以て其の実を責む。言はざる者は、必ず其の取舎を問ひて以て之が責を為す。則ち人臣敢へて妄言すること莫く、又敢へて黙然たらず。言・黙則ち皆責有るなり。人主事を為さんと欲して、其の端末に通ぜずして、以て其の欲を明らかにすれば、之を為す者有るも、其の為すこと利を得ず、必ず害を以て反る。此れを知る者は、理に任じて欲を去る。事を挙ぐるに道有り。其の入ることの多く、其の出づることの少なきを計る者は、為すべきなり。惑主は然らず。其の入るを計りて、其の出づるを計らず。出づること其の入るに倍すと雖も、其の害を知らず。則ち是れ名得て実亡ぶ。是くの如き者は功小にして害大なり。凡そ功なる者は、其の入ること多く、其の出づること少なくして、乃ち功と謂ふべし。

現代語訳

君主が臣下に発言させるときは、必ずその発言の糸口を把握して、それに見合う実績を求める。発言しない者には、必ずその選択の理由を問いただして責任を負わせる。そうすれば臣下はみだりに発言することがなく、また黙り込むこともしない。発言しても黙っても、どちらにも責任が伴うからである。君主が事業を行おうとするとき、その始めから終わりまでを見通さずに、自分の望みをあらわにすれば、それを実行する者がいても、実行して利益を得られず、必ず害となって返ってくる。これを知る者は、道理に任せて私欲を捨てる。事業を起こすには方法がある。得るものが多く、費やすものが少ないと計算できるものは、行ってよい。惑える君主はそうではない。得るものを計算して、費やすものを計算しない。費やすものが得るものの倍になっても、その害に気づかない。これは名目を得て実利を失うものである。このような事業は功が小さく害が大きい。およそ功とは、得るものが多く費やすものが少ないときに、はじめて功と言えるのである。

解説

「南面」篇の中心となる一節で、言葉の責任と事業の損得計算という二つの術を説きます。発言した者にはその言葉どおりの実績を求め、黙っていた者にもなぜ黙っていたのかを問う。そうすれば、軽々しく大言を吐く者も、責任を逃れて沈黙する者もいなくなります。さらに事業については、得るものだけでなく、費やすものも必ず計算せよと言います。成果の大きさばかりを誇り、かかったコストを数えない事業は、名は得ても実を失うものだという指摘は、現代の投資判断や費用対効果の考え方そのものです。会議で発言しない人の責任をどう問うかは、今の組織にも通じる課題でしょう。

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