呻吟語 / 内篇・談道・中の一字は、南面獨尊にして道中底の天子
「中」之一字,是無天於上,無地於下,無東西南北於四方。此是南面獨尊道中底天子,仁義禮智信都是東西侍立,百行萬善都是北面受成者也。不意宇宙間有此一妙字,有了這一個,別個都可勾銷,五常、百行、萬善但少了這個,都是一家貨,更成甚麼道理?
新字:「中」之一字,是無天於上,無地於下,無東西南北於四方。此是南面独尊道中底天子,仁義礼智信都是東西侍立,百行万善都是北面受成者也。不意宇宙間有此一妙字,有了這一個,別個都可勾銷,五常、百行、万善但少了這個,都是一家貨,更成甚麼道理?
書き下し
「中」の一字は、是れ上に天無く、下に地無く、四方に東西南北無し。此れは是れ南面獨尊にして道中底の天子なり。仁義禮智信は都て是れ東西に侍立し、百行萬善は都て是れ北面して成を受くる者なり。意はざりき宇宙間に此の一妙字有らんとは。這の一個有り了らば、別個は都て勾銷す可し。五常・百行・萬善も但だ這個を少くせば、都て是れ一家の貨のみ、更に甚麼の道理をか成さん。
現代語訳
中という一字は、上に天がなく、下に地がなく、四方に東西南北がありません。これこそ南を向いて独り尊く、道の真ん中にいる天子です。仁義礼智信はみな東西に侍り立ち、あらゆる行いやあらゆる善はみな北を向いて命を受ける者です。宇宙にこんな妙なる一字があろうとは思いませんでした。この一つがあれば、他はみな帳消しにできます。五常もあらゆる行いもあらゆる善も、ただこの一つを欠けば、みな同じ店の品にすぎません。どんな道理をなすでしょうか。
解説
中の一字が、朝廷の座席になぞらえて最上位に置かれます。仁義礼智信は東西に侍り、あらゆる善は北を向いて命を受ける。中だけが南を向いて座る天子だ、と。徳目の上に立つ原理として中が据えられているわけです。そして最後の一句が厳しい。中を欠けば、五常も万善もみな同じ店の品にすぎない。徳が形だけになる条件が示されています。

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中南面五常順位原理
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