韓非子 / 三守第十六
至於守司囹圄,禁制刑罰,人臣擅之,此謂刑劫。三守不完,則三劫者起;三守完,則三劫者止。三劫止塞,則王矣。
書き下し
守司囹圄、禁制刑罰に至るまで、人臣之を擅にす。此れを刑劫と謂ふ。三守完からざれば、則ち三劫の者起こる。三守完ければ、則ち三劫の者止む。三劫止塞すれば、則ち王たり。
現代語訳
牢獄の管理から、禁令や刑罰の執行に至るまで、臣下がこれを独占する。これを「刑劫(刑罰による脅かし)」という。三つの守りが完全でなければ、三つの脅かしが起こる。三つの守りが完全であれば、三つの脅かしはやむ。三つの脅かしを止めてふさげば、天下の王となれる。
解説
「三守」篇の結びで、三つの「劫」の最後にあたる「刑劫」を述べます。牢獄や刑罰の執行という、人を罰する権限そのものを臣下が握ってしまうことです。韓非は「二柄」篇で、刑と徳、つまり罰と賞の二つの柄を君主が手放してはならないと説いており、刑劫はその罰の柄を奪われた状態と言えます。そして篇は、三つの守りが完全なら三つの劫は起こらず、それを封じれば王者になれると結ばれます。組織でも、懲戒や評価の最終権限が特定の管理職に独占されれば、トップは実質的に組織を動かせなくなります。
関連する章句
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『韓非子』三守第十六此れを三守完からずと謂ふ。三守完からざれば、則ち劫殺の徴なり。
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『韓非子』二柄第七明主の其の臣を導制する所の者は、二柄のみ。二柄とは、刑徳なり。何をか刑徳と謂ふ。
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『韓非子』三守第十六寵を鬻ぎ権を擅にし、外を矯めて以て内に勝ち、禍福得失の形を険言して、以て主の好悪に阿る。
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『韓非子』三守第十六賢良有りと雖も、逆う者は必ず禍有り。而して順う者は必ず福有り。然らば則ち群臣敢て主に忠にし國を憂え、以て社稷の利害を争う莫し。
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『韓非子』二柄第七人主、自ら其の刑徳を用うれば、則ち群臣、其の威を畏れて其の利に歸せん。
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『韓非子』三守第十六人主賢なりと雖も、独り計ること能はず。而して人臣に敢へて主に忠ならざる有れば、則ち国は亡国と為る。