韓非子 / 姦劫弒臣第十四
聖人爲法國者,必逆於世而順於道德。知之者,同於義而異於俗;弗知之者,異於義而同於俗。天下知之者少,則義非矣。處非道之位,被衆口之譖,溺於當世之言,而欲當嚴天子而求安,幾不亦難哉!此夫智士所以至死而不顯於世者也。楚莊王之弟春申君有愛妾曰余,春申君之正妻子曰甲。余欲君之弃其妻也,因自傷其身以視君而泣,曰:「得爲君之妾,甚幸。雖然,適夫人非所以事君也,適君非所以事夫人也。身故不肖,力不足以適二主,其勢不俱適,與其死夫人所者,不若賜死君前。妾以賜死,若復幸於左右,願君必察之,無爲人笑。」君因信妾余之詐,爲弃正妻。余又欲殺甲而以其子爲後,因自裂其親身衣之裏,以示君而泣,曰:「余之得幸君之日久矣,甲非弗知也,今乃欲强戲余。余與爭之,至裂余之衣,而此子之不孝,莫大於此矣。」君怒,而殺甲也。故妻以妾余之詐弃,而子以之死。從是觀之,父之愛子也,猶可以毁而害也。君臣之相與也,非有父子之親也,而羣臣之毁言,非特一妾之口也,何怪夫賢聖之戮死哉!此商君之所以車裂於秦,而吴起之所以枝解於楚者也。凡人臣者,有罪固不欲誅,無功者皆欲尊顯。
新字:聖人為法国者,必逆於世而順於道徳。知之者,同於義而異於俗;弗知之者,異於義而同於俗。天下知之者少,則義非矣。処非道之位,被衆口之譖,溺於当世之言,而欲当厳天子而求安,幾不亦難哉!此夫智士所以至死而不顕於世者也。楚荘王之弟春申君有愛妾曰余,春申君之正妻子曰甲。余欲君之弃其妻也,因自傷其身以視君而泣,曰:「得為君之妾,甚幸。雖然,適夫人非所以事君也,適君非所以事夫人也。身故不肖,力不足以適二主,其勢不倶適,与其死夫人所者,不若賜死君前。妾以賜死,若復幸於左右,願君必察之,無為人笑。」君因信妾余之詐,為弃正妻。余又欲殺甲而以其子為後,因自裂其親身衣之裏,以示君而泣,曰:「余之得幸君之日久矣,甲非弗知也,今乃欲強戯余。余与争之,至裂余之衣,而此子之不孝,莫大於此矣。」君怒,而殺甲也。故妻以妾余之詐弃,而子以之死。従是観之,父之愛子也,猶可以毀而害也。君臣之相与也,非有父子之親也,而羣臣之毀言,非特一妾之口也,何怪夫賢聖之戮死哉!此商君之所以車裂於秦,而呉起之所以枝解於楚者也。凡人臣者,有罪固不欲誅,無功者皆欲尊顕。
書き下し
聖人の法国を為むる者は、必ず世に逆らひて道徳に順ふ。之を知る者は、義に同じくして俗に異なり、之を知らざる者は、義に異なりて俗に同じ。天下之を知る者少なければ、則ち義非とせらる。非道の位に処り、衆口の譖を被り、当世の言に溺れて、厳なる天子に当たりて安きを求めんと欲す、幾ど亦難からずや。此れ夫の智士の死に至るまで世に顕れざる所以の者なり。楚の荘王の弟春申君に愛妾有り、余と曰ふ。春申君の正妻の子を甲と曰ふ。余、君の其の妻を棄てんことを欲す。因りて自ら其の身を傷つけて以て君に視せて泣きて曰く、「君の妾と為ることを得たるは、甚だ幸ひなり。然りと雖も、夫人に適ふは君に事ふる所以に非ず、君に適ふは夫人に事ふる所以に非ず。身故より不肖にして、力は以て二主に適ふに足らず。其の勢俱には適はず。其の夫人の所に死なんよりは、君の前に死を賜はるに若かず。妾以て死を賜はり、若し復た左右に幸せらるるもの有らば、願はくは君必ず之を察して、人の笑ひと為ること無かれ」と。君因りて妾余の詐りを信じ、為に正妻を棄つ。余又甲を殺して其の子を以て後と為さんと欲す。因りて自ら其の親身の衣の裏を裂き、以て君に示して泣きて曰く、「余の君に幸せらるることを得たるの日久し。甲知らざるに非ざるなり。今乃ち強ひて余に戯れんと欲す。余之と争ひ、余の衣を裂くに至る。而して此の子の不孝、此れより大なるは莫し」と。君怒りて甲を殺すなり。故に妻は妾余の詐りを以て棄てられ、子は之を以て死す。是れより之を観れば、父の子を愛するや、猶毀りて害すべきなり。君臣の相与するや、父子の親有るに非ざるなり。而して群臣の毀言は、特だに一妾の口のみに非ざるなり。何ぞ夫の賢聖の戮死を怪しまんや。此れ商君の秦に車裂せられ、呉起の楚に枝解せらるる所以の者なり。凡そ人臣たる者は、罪有りて固より誅せらるるを欲せず、功無き者も皆尊顕を欲す。
現代語訳
聖人が法によって国を治めるときは、必ず世俗に逆らって道徳に従う。これを理解する者は、正しい道理に同調して世俗とは異なり、理解しない者は、正しい道理とは異なって世俗に同調する。天下にこれを理解する者は少ないので、正しい道理はかえって誤りとされる。道にかなわない(低い)地位にいて、多くの人の中傷を受け、世間の言葉に溺れながら、厳格な天子に向き合って安泰を求めようとしても、なんと難しいことではないか。これが、智者が死ぬまで世に認められない理由である。楚の荘王の弟である春申君に、余という名の愛妾がいた。春申君の正妻の子を甲といった。余は、春申君が正妻を捨てることを望んだ。そこで自分の体を傷つけて君に見せ、泣いて言った。「あなた様の妾となれたのは、たいへんな幸せです。けれども、奥方様に気に入られることはあなた様にお仕えするやり方ではなく、あなた様に気に入られることは奥方様にお仕えするやり方ではありません。私はもともと愚か者で、二人の主人に気に入られる力はありません。どうしても両方には気に入られないのです。奥方様のもとで死ぬよりは、あなた様の前で死を賜りたいと思います。私が死を賜った後、もしまたおそばで寵愛を受ける者がいたら、どうかよくお確かめになって、人の笑いものにならないでください」。春申君は妾の余の偽りを信じ、そのために正妻を捨てた。余はさらに甲を殺して自分の子を跡継ぎにしようと考えた。そこで自分の肌着の裏を自ら裂き、それを君に見せて泣いて言った。「私があなた様の寵愛を受けて久しくなります。甲もそれを知らないわけではありません。それなのに今、無理やり私に戯れようとしました。私がそれに抵抗すると、私の衣を裂くまでになりました。この子の不孝は、これより大きなものはありません」。春申君は怒って、甲を殺した。こうして妻は妾の余の偽りによって捨てられ、子はそれによって死んだ。このことから見れば、父が子を愛する情でさえ、中傷によって損なわれうるのである。君臣の間柄は、父子の親しみがあるわけではない。そして群臣の中傷は、一人の妾の口どころではない。賢者や聖人が殺されるのを、どうして怪しむことがあろうか。これが、商君(商鞅)が秦で車裂きにされ、呉起が楚で手足を切られた理由である。およそ臣下というものは、罪があっても当然処罰されたくはなく、功のない者もみな高い地位を望むものである。
解説
関連する章句
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『韓非子』姦劫弒臣第十四吾の少なしとして去る所なり。而して世主の多しとして求むる所なり。諺に曰く、「厲も王を憐れむ」と。此れ不恭の言なり。然りと雖も、古に虚諺無し、察せざるべからざるなり。此れ劫殺死亡の主を謂ひて言ふなり。人主法術以て其の臣を御すること無ければ、長年にして美材なりと雖も、大臣猶将に勢を得て事を擅にし主断して、各々其の私急を為さんとす。而して父兄豪傑の士の、人主の力を借りて、以て己を禁誅せんことを恐る。故に賢長を弑して幼弱を立て、正的を廃して不義を立つ。故に春秋に之を記して曰く、「楚の王子囲、将に鄭に聘せんとし、未だ境を出でずして、王の病を聞きて反る。因りて入りて病を問ひ、其の冠纓を以て王を絞めて之を殺し、遂に自立するなり。斉の崔杼、其の妻美にして、荘公之に通じ、数々崔氏の室に如く。公の往くに及び、崔子の徒賈挙、崔子の徒を率ゐて公を攻む。公室に入り、之と国を分かたんことを請ふ。崔子許さず。公廟に自刃せんことを請ふ。崔子又聴かず。公乃ち走りて、北墻を踰ゆ。賈挙公を射て、其の股に中つ。公墜つ。崔子の徒、戈を以て公を斫りて之を死せしめ、而して其の弟景公を立つ」と。近ごろの見る所、李兌の趙に用ゐらるるや、主父を餓ゑしむること百日にして死す。卓歯の斉に用ゐらるるや、湣王の筋を擢き、之を廟の梁に懸け、宿昔にして死す。故に厲は癕腫疕瘍なりと雖も、上は春秋に比するに、未だ頸を絞め股を射るに至らざるなり。下は近世に比するに、未だ餓死し筋を擢くに至らざるなり。故に劫殺死亡の君、此れ其の心の憂懼、形の苦痛や、必ず厲よりも甚だし。此れに由りて之を観れば、「厲も王を憐れむ」と雖も可なり。
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『韓非子』人主第五十二昔關龍逄は桀に說きて其の四肢を傷つけられ、王子比干は紂を諫めて其の心を剖かれ、子胥は夫差に忠直にして屬鏤に誅せらる。此の三子なる者は、人臣と爲りて忠ならざるに非ず、而して說當らざるに非ざるなり、然り而して死亡の患を免れざる者は、主賢智の言を察せずして、不肖の患に蔽はるればなり。今人主肯へて法術の士を用ふるに非ずして、愚不肖の臣に聽けば、則ち賢智の士孰か敢へて三子の危に當りて其の智能を進むる者あらんや。此れ世の亂るる所以なり。
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『韓非子』説疑第四十四今世皆曰く「主を尊び国を安んずる者は必ず仁義智能を以てす」と、而して主を卑しめ国を危ふくする者の必ず仁義智能を以てするを知らざるなり。故に有道の主は、仁義を遠ざけ、智能を去り、之を服するに法を以てす。是を以て誉広くして名威あり、民治まりて国安し、民を用ふるの法を知ればなり。凡そ術なる者は、主の執る所なり。法なる者は、官の師とする所なり。然れども郎中をして日に道を郎門の外に聞かしめ、以て境内に至るまで日に法を見しむるは、又其の難に非ざるなり。昔者有扈氏に失度有り、讙兜氏に孤男有り、三苗に成駒有り、桀に侯侈有り、紂に崇侯虎有り、晋に優施有り。此の六人は、亡国の臣なり。是を言ひて非の如くし、非を言ひて是の如くし、内は険にして以て賊ひ、其の外は小しく謹みて、以て其の善を徴し、往古を称道して、良事をして沮ましむ。善く其の主を禅りて、以て精微を集め、之を乱すに其の好む所を以てす、此れ夫の郎中左右の類なる者なり。往世の主、人を得て身安く国存する者有り、人を得て身危ふく国亡ぶる者有り。人を得るの名は一なり、而して利害は相千万なり、故に人主の左右は慎まざるべからざるなり。人主為る者誠に臣の言ふ所に明らかなれば、則ち賢不肖を別つこと黒白の如し。若し夫れ許由・続牙・晋の伯陽・秦の顛頡・衛の僑如・狐不稽・重明・董不識・卞随・務光・伯夷・叔斉、此の十二人は、皆上は利を見て喜ばず、下は難に臨みて恐れず、或いは之に天下を与ふるも取らず、萃辱の名有れば、則ち食穀の利を楽しまず。夫れ利を見て喜ばざれば、上厚賞すと雖も、以て之を勧むる無し。難に臨みて恐れざれば、上厳刑すと雖も、以て之を威す無し、此れ之を不令の民と謂ふなり。此の十二人は、或いは窟穴に伏死し、或いは草木に槁死し、或いは山谷に饑餓し、或いは水泉に沈溺す。
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説苑・雜言賢人君子は、盛衰の時に通じ、成敗の端に明らかに、治乱の紀を察し、人情を審らかにす。去就する所を知る、故に窮すと雖も亡国の勢に処らず、貧しと雖も汙君の禄を受けず。是を以て太公は七十にして自ら達せず、孫叔敖は三たび相を去りて自ら悔いず。何となれば則ち、強いて其の人に非ざるに合せざればなり。太公は一たび周に合して侯たること七百歳、孫叔敖は一たび楚に合して封ぜらるること十世。大夫種は越を存亡して覇たらしめしも、句踐は死を前に賜う。李斯は功を秦に積みしも、卒に五刑を被る。忠を尽くして君を憂い、身を危うくして国を安んずる、其の功は一なり。或いは封侯して絶えず、或いは死を賜いて刑を被る。慕う所・由る所異なればなり。故に箕子は国を去りて狂を佯り、范蠡は越を去りて名を易え、智過は君弟を去りて姓を更う、皆遠きを見て微を識り、仁は能く富勢を去りて以て萌生の禍を避くる者なり。夫れ暴乱の君、孰か能く縶を離ちて其の身を役し、患いに与らんや。故に賢者は死を畏れ害を避くるのみに非ざるなり、身を殺すも益無くして明主の暴なればなり。比干は紂に死すも其の行いを正す能わず、子胥は呉に死すも其の国を存する能わず。二子は強諫して死す、適に明主の暴を明らかにするのみ、未だ始めより秋毫の端の如きも益有らざるなり。是を以て賢人は其の智を閉じ、其の能を塞ぎ、其の人を得るを待ちて然る後に合す。故に言えば聴かれざる無く、行えば疑わるる無く、君臣両つながら与にし、終身患い無し。今其の時を得るに非ず、又其の人無く、直だ私意已む能わず、世の乱れを閔れみ、主の危うきを憂う。貲無きの身を以て、蔽塞の路を渉り、讒人の前を経、無量の主に造り、不測の罪を犯す。其の天性を傷る、豈に惑いならざらんや。故に文信侯・李斯は、天下謂う所の賢なり、国の為に計り微を揣り隠を射る、所謂過策無きなり。戦いて勝ち攻めて取る、所謂強敵無きなり。功を積むこと甚だ大に、勢利甚だ高し。賢人用いられず、讒人事を用う、自ら用いられざるを知るも、其の仁去る能わず。敵を制し功を積むこと、秋毫を失わず。患いを避け害を去ること、丘山を見ず。其の欲する所を積みて、以て其の悪む所に至る、豈に勢利に惑わさるるに非ざらんや。詩に云う、『人は其の一を知りて、其の他を知る莫し』と。此を之れ謂うなり。
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