韓非子 / 姦劫弒臣第十四
愚者固欲治而惡其所以治,皆惡危而喜其所以危者。何以知之?夫嚴刑重罰者,民之所惡也,而國之所以治也;哀憐百姓輕刑罰者,民之所喜,而國之所以危也。
新字:愚者固欲治而悪其所以治,皆悪危而喜其所以危者。何以知之?夫厳刑重罰者,民之所悪也,而国之所以治也;哀憐百姓軽刑罰者,民之所喜,而国之所以危也。
書き下し
夫れ嚴刑重罰は、民の悪む所なるも、而れども國の治まる所以なり。百姓を哀憐して、刑罰を軽くするは、民の喜ぶ所なるも、而れども國の危うき所以なり。
現代語訳
そもそも厳格な刑罰は、人々が嫌うものであるが、国が治まる理由である。人々を哀れんで刑罰を軽くするのは、人々が喜ぶものであるが、国が危険になる理由である。
解説
厳しい決まりや重い罰は、人々にとっては嫌なものですが、それこそが世の中がきちんと治まる理由です。反対に、人を気の毒に思って罰を軽くすることは、人々にとっては嬉しいことですが、それこそが世の中が危うくなる理由なのだ、と韓非は説きます。人の上に立つ者には、時に嫌われる覚悟が求められるということです。子供に対して甘い顔ばかりして叱らない親、部下の失敗を見て見ぬふりする上司、近所付き合いで誰にも注意しない世話役は、その場では好かれるかもしれません。しかし決まりを緩め続ければ、だらしなさがはびこり、いずれ大きな揉め事や崩れにつながります。目先の評判より、長い目で見て皆のためになる厳しさを保つ勇気こそ、人を導く立場にある人に欠かせないものです。
この章句が説くこと
嫌われる勇気パフォーマンス管理信賞必罰規律温情主義の弊害
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