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韓非子 / 說難第十二

欲内相存之言,則必以美名明之,而微見其合於私利也。欲陳危害之事,則顯其毁誹而微見其合於私患也。譽異人與同行者,規異事與同計者。有與同汙者,則必以大飾其無傷也;有與同敗者,則必以明飾其無失也。彼自多其力,則毋以其難概之也;自勇其断,則無以其謫怒之;自智其計,則毋以其敗窮之。大意無所拂悟,辭言無所繫縻,然後極騁智辯焉。此道所得,親近不疑而得盡辭也。伊尹爲宰,百里奚爲虜,皆所以干其上也。此二人者,皆聖人也;然猶不能無役身以進,如此其汙也!今以吾言爲宰虜,而可以聽用而振世,此非能仕之所恥也。夫曠日離久,而周澤既渥,深計而不疑,引爭而不罪,則明割利害以致其功,直指是非以飾其身,以此相持,此說之成也。昔者鄭武公欲伐胡,故先以其女妻胡君以娛其意。因問於群臣:「吾欲用兵,誰可伐者?」大夫關其思對曰:「胡可伐。」武公怒而戮之,曰:「胡,兄弟之國也。子言伐之,何也?」胡君聞之,以鄭爲親己,遂不備鄭。鄭人襲胡,取之。宋有富人,天雨墻壞。其子曰:「不築,必將有盜。」

新字:欲内相存之言,則必以美名明之,而微見其合於私利也。欲陳危害之事,則顕其毀誹而微見其合於私患也。誉異人与同行者,規異事与同計者。有与同汚者,則必以大飾其無傷也;有与同敗者,則必以明飾其無失也。彼自多其力,則毋以其難概之也;自勇其断,則無以其謫怒之;自智其計,則毋以其敗窮之。大意無所払悟,辞言無所繋縻,然後極騁智弁焉。此道所得,親近不疑而得尽辞也。伊尹為宰,百里奚為虜,皆所以干其上也。此二人者,皆聖人也;然猶不能無役身以進,如此其汚也!今以吾言為宰虜,而可以聴用而振世,此非能仕之所恥也。夫曠日離久,而周沢既渥,深計而不疑,引争而不罪,則明割利害以致其功,直指是非以飾其身,以此相持,此説之成也。昔者鄭武公欲伐胡,故先以其女妻胡君以娯其意。因問於群臣:「吾欲用兵,誰可伐者?」大夫関其思対曰:「胡可伐。」武公怒而戮之,曰:「胡,兄弟之国也。子言伐之,何也?」胡君聞之,以鄭為親己,遂不備鄭。鄭人襲胡,取之。宋有富人,天雨墻壊。其子曰:「不築,必将有盗。」

書き下し

内に相存するの言を欲すれば、則ち必ず美名を以て之を明らかにして、微かに其の私利に合ふことを見す。危害の事を陳べんと欲すれば、則ち其の毀誹を顕らかにして、微かに其の私患に合ふことを見す。異人の行ひを同じくする者を誉め、異事の計を同じくする者を規る。与に汙を同じくする者有れば、則ち必ず大いに其の傷つくこと無きを以て之を飾る。与に敗を同じくする者有れば、則ち必ず明らかに其の失無きを以て之を飾る。彼自ら其の力を多とすれば、則ち其の難を以て之を概ること毋かれ。自ら其の断を勇とすれば、則ち其の謫を以て之を怒らすこと無かれ。自ら其の計を智とすれば、則ち其の敗を以て之を窮むること毋かれ。大意払悟する所無く、辞言繋縻する所無くして、然る後に極めて智辯を騁す。此の道の得る所は、親近せられて疑はれずして辞を尽くすことを得るなり。伊尹は宰と為り、百里奚は虜と為る。皆其の上に干むる所以なり。此の二人の者は、皆聖人なり。然れども猶身を役して以て進むこと無き能はず。此くの如く其れ汙れたり。今吾が言を以て宰虜と為して、聴用せられて世を振ふべくんば、此れ能仕の恥づる所に非ざるなり。夫れ日を曠しくし久しきを離て、周沢既に渥く、深く計りて疑はれず、引きて争ひて罪せられざれば、則ち明らかに利害を割きて以て其の功を致し、直ちに是非を指して以て其の身を飾る。此れを以て相持す。此れ説の成るなり。昔者、鄭の武公胡を伐たんと欲す。故に先づ其の女を以て胡君に妻はせて以て其の意を娯しましむ。因りて群臣に問ふ、「吾兵を用ゐんと欲す、誰か伐つべき者ぞ」と。大夫関其思対へて曰く、「胡伐つべし」と。武公怒りて之を戮して曰く、「胡は兄弟の国なり。子之を伐てと言ふは、何ぞや」と。胡君之を聞き、鄭を以て己に親しむと為し、遂に鄭に備へず。鄭人胡を襲ひて、之を取る。宋に富人有り、天雨ふりて墻壊る。其の子曰く、「築かずんば、必ず将に盗有らんとす」と。

現代語訳

相手のためを思う進言を通したいなら、必ず立派な名目でそれを示しつつ、それが相手の私的な利益にもかなうことをそれとなく見せる。危険や害について述べたいなら、それが世間からそしられることを明らかにしつつ、それが相手個人の災いにもつながることをそれとなく見せる。相手と同じ行いをする別の人を誉め、相手と同じ計画を持つ別の事を取り上げて論じる。相手と同じ汚点を持つ者がいれば、それが大した傷ではないと大いに取り繕ってやる。相手と同じ失敗をした者がいれば、それが過ちではないとはっきり取り繕ってやる。相手が自分の力を誇っているなら、その難点を持ち出して抑えつけてはならない。自分の決断を勇ましいと思っているなら、その落ち度を責めて怒らせてはならない。自分の計略を賢いと思っているなら、その失敗を突いて追い詰めてはならない。話の大筋が相手に逆らわず、言葉づかいが相手に引っかからないようにして、そのうえで思う存分に知恵と弁舌を振るう。この方法によって得られるのは、親しまれ疑われずに、言いたいことを言い尽くせることである。伊尹は料理人となり、百里奚は捕虜となった。いずれも主君に取り立ててもらうための手段であった。この二人はともに聖人であるが、それでも身を卑しい仕事に使って進み出ることを避けられなかった。それほど汚れ役を担ったのである。いま私の言葉が料理人や捕虜の身分のように低く扱われても、聞き入れられて世を正すことができるなら、それは有能な仕える者が恥じることではない。長い年月がたって恩寵がすでに厚くなり、深い計略を述べても疑われず、相手に逆らって論争しても罰せられないようになったら、はっきりと利害を分けて功績を上げさせ、まっすぐに是非を指摘してその身を正してやる。こうして互いに支え合う関係になれば、説得は成功したのである。昔、鄭の武公は胡を討とうとして、まず自分の娘を胡の君主に嫁がせて喜ばせた。そのうえで群臣に「わしは兵を用いたいが、どこを討つべきか」と尋ねた。大夫の関其思が「胡を討つべきです」と答えると、武公は怒って彼を殺し、「胡は兄弟の国だ。それを討てとは何事か」と言った。胡の君主はこれを聞き、鄭が自分に親しいと思って、鄭への備えをしなくなった。鄭の人は胡を襲って、これを奪い取った。宋に金持ちがいた。雨が降って土塀が崩れた。その息子が「塀を築き直さなければ、きっと盗人が入ります」と言った。

解説

説得の技術を具体的に述べ、最後に説話へ移る一節です。進言は相手の私利にかなうと見せ、相手の欠点は責めず、似た事例を持ち出して間接的に語る。そして長い時間をかけて信頼が厚くなってから、ようやく是非を直言できるのだと韓非は言います。伊尹や百里奚が卑しい身分から主君に近づいた例は、目的のためには体面を捨てよという教えです。続く鄭の武公と関其思の話は、正しい答えを言った者がかえって殺された例で、この後の「宋の富人」の話と対になり、次の段で「知ることが難しいのではなく、知ったことをどう扱うかが難しい」と結ばれます。

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