韓非子 / 說難第十二
其鄰人之父亦云。暮而果大亡其財。其家甚智其子,而疑鄰人之父。
書き下し
其の家甚だ其の子を智として、而して鄰人の父を疑えり。
現代語訳
(盗難に遭った)その家は、自分の子のことを「賢い」と思ったが、隣家の父のことは(泥棒ではないかと)疑った。
解説
同じ家に、雨で壁が崩れて「早く直さないと泥棒が入る」と告げた息子と、隣に住む年配の人がいました。実際にその晩、泥棒に入られてしまい、その家は自分の息子のことは「賢い」と感心した一方で、隣の人のことは「怪しい、あの人が盗んだのではないか」と疑ってしまいました。まったく同じ、正しい忠告だったのに、身内が言えば褒められ、身内でない人が言えば疑われる。この話は、忠告や助言の値打ちが、その中身よりも「誰が言ったか」という間柄で決まってしまうことをよく表しています。会社の提案でも、近所からの助言でも、正しいことを言っているのに聞き入れてもらえないと感じたら、それは中身のせいではなく、まだ信頼が十分に築けていないせいかもしれません。
この章句が説くこと
関係性の重要性信頼残高バイアスインサイダーvsアウトサイダー説得力
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大学《詩》に云く、「殷(いん)の未だ師(しゅう)を喪(うしな)わざるや、克(よ)く上帝に配す。儀(よろ)しく殷に監(かんが)みるべし、峻命(しゅんめい)易(やす)からず」と。衆を得れば則ち国を得、衆を失えば則ち国を失うを道(い)う。是の故に君子は先ず徳を慎む。徳有れば此れ人有り。人有れば此れ土(とち)有り。土有れば此れ財有り。財有れば此れ用有り。徳は本なり、財は末なり。本を外にして末を内にすれば、民を争わせて奪うことを施す。是の故に財聚(あつ)まれば則ち民散じ、財散ずれば則ち民聚まる。是の故に言(ことば)悖(もと)りて出づる者は、亦た悖りて入り、貨悖りて入る者は、亦た悖りて出づ。《康誥》に曰く、「惟(こ)れ命は常には于(お)らず」と。善なれば則ち之を得、不善なれば則ち之を失うを道うなり。楚書(そしょ)に曰く、「楚国は以て宝と為す無く、惟れ善を以て宝と為す」と。舅犯(きゅうはん)曰く、「亡人(ぼうじん)は以て宝と為す無く、仁親を以て宝と為す」と。
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