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韓非子 / 說難第十二

其鄰人之父亦云。暮而果大亡其財。其家甚智其子,而疑鄰人之父。

書き下し

其の家甚だ其の子を智として、而して鄰人の父を疑えり。

現代語訳

(盗難に遭った)その家は、自分の子のことを「賢い」と思ったが、隣家の父のことは(泥棒ではないかと)疑った。

解説

同じ家に、雨で壁が崩れて「早く直さないと泥棒が入る」と告げた息子と、隣に住む年配の人がいました。実際にその晩、泥棒に入られてしまい、その家は自分の息子のことは「賢い」と感心した一方で、隣の人のことは「怪しい、あの人が盗んだのではないか」と疑ってしまいました。まったく同じ、正しい忠告だったのに、身内が言えば褒められ、身内でない人が言えば疑われる。この話は、忠告や助言の値打ちが、その中身よりも「誰が言ったか」という間柄で決まってしまうことをよく表しています。会社の提案でも、近所からの助言でも、正しいことを言っているのに聞き入れてもらえないと感じたら、それは中身のせいではなく、まだ信頼が十分に築けていないせいかもしれません。

この章句が説くこと

関係性の重要性信頼残高バイアスインサイダーvsアウトサイダー説得力

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