韓非子 / 初見秦第一
大王誠聽其說,一舉而天下之從不破,趙不舉,韓不亡,荆、魏不臣,齊、燕不親,霸王之名不成,四鄰諸侯不朝,大王斬臣以徇國,以爲王謀不忠者戒也。
新字:大王誠聴其説,一舉而天下之従不破,趙不舉,韓不亡,荆、魏不臣,斉、燕不親,覇王之名不成,四鄰諸侯不朝,大王斬臣以徇国,以為王謀不忠者戒也。
書き下し
大王誠に其の説を聴きて、一挙にして天下の従破れず、趙挙がらず、韓亡びず、荆・魏臣とせず、斉・燕親しまず、霸王の名成らず、四隣の諸侯朝せずんば、大王臣を斬りて以て国に徇え、以て王の為に謀りて忠ならざる者の戒めと為せ。
現代語訳
大王がまことに私の進言をお聴きになり、それでも一挙に諸侯の合従が破れず、趙が落ちず、韓が滅びず、楚と魏が臣従せず、斉と燕が親しまず、覇王の名が成らず、周囲の諸侯が朝貢しないなら、大王は私を斬って国中に晒し、王のために謀って忠でなかった者への戒めとなさいませ。
解説
上申書の結びである。自分の献策が外れたら首を差し出す、と言い切っている。しかも「不忠者への見せしめにせよ」とまで書く。提案に自分の命を賭けた形だ。ここには、進言する者の責任の取り方についての一つの極端な答えがある。現代の組織で命を賭ける必要はないが、構造は考える価値がある。提案が外れたときに何も失わない立場から出される提案は、どうしても甘くなる。逆に、自分が実行の責任を負う提案は、必然的に慎重で具体的になる。会議で最も信用できるのは、その案が失敗したときに自分も損をする人の意見である。誰が何を賭けているかを見れば、提案の重みは測れる。
この章句が説くこと
進言コミットメント責任アカウンタビリティ賭け責任感
関連する章句
-
論語・衛霊公篇子曰わく、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む。
-
論語・里仁篇子曰わく、父母在すれば、遠く遊ばず。遊ぶに必ず方有り。
-
論語・憲問篇子曰く、「我を知ること莫きかな。」子貢曰く、「何為れぞ其れ子を知ること莫からんや。」子曰く、「天を怨みず、人を尤めず、下学して上達す。我を知る者は、其れ天か。」
-
廟堂忠告・獻納第九人臣の言を君に納るるや、事いまだ然らざるに之を言えば、則ち十に八九從う。事無ければ則ち游畋般樂(ゆうでんはんらく)し、日に相親比す。一旦不可なる所有れば、乃ち左に遮り右に挽き、其の力を極めて以て之を救うも、殆ど其の濟る者を見ず。政(たと)い或いは允すも、亦必ず勉強に出でて其の本心に非ず。若し夫れ納言に善き者は則ち然らず、或いは進見に因り、或いは講讀に因り、或いは燕居に因り、事に先だちて陳說す、「是くの如くなれば則ち國安し、是くの如くなれば則ち國危うし、是くの如くなれば則ち聖君と為り、是くの如くなれば則ち暴主と為る」と。或いは古昔を引き、或いは祖宗を援き、必ず之をして心悟神會せしめ、表裏聳然として、乃ち善を陳べて扞格(かんかく)の患い無かるべし。昔孟子三たび齊王に見えて事を言わず、曰く、「我先ず其の邪心を攻めん」と。大臣の君に事うる、職當に此くの如くなるべし。古人甚だしきに至りては自ら言うに難き者有り、往往にして名の耆年宿德(きねんしゅくとく)なる者を旁(かたわら)にして、諸(これ)を左右に置き、人君をして畏憚する所有りて敢えて恣(ほしいまま)にせざらしむ、則ち其の慮を為すこと亦深遠なり。然りと雖も、臣の君に於けるや、入りては則ち懇懇として以て忠を盡し、出でては則ち謙謙として以て自ら悔ゆ。凡そ上に白す所の者、外に洩らして諸人に伐(ほこ)るべからず。善は則ち君に歸し、過ちは則ち巳に歸す。其れ是くの如き者は、嫌を遠ざけ禍を避けんと欲するに非ず、大臣の體(たい)の當に然るべき所なり。坤の六二、章を含みて貞にすべし、盖し亦此の意なり。甞て見る、近代の執政、建白する所有りて呶呶(どうどう)焉として惟だ人の知らざるを恐れ、卒に讒譖(ざんせん)の之に乘ずるに至り、中途にして棄てらる。易の大係に謂う所の「君密ならざれば則ち臣を失い、臣密ならざれば則ち身を失う」とは、諒(まこと)なるかな。
-
葉隠・聞書第一役儀(やくぎ)を危(あぶ)なきと思うは、すくたれ者なり。外(ほか)の事、私(わたくし)の事にて仕損(しそん)ずるとこそ辱(はじ)にてもあるべし。その事に備(そな)わりたる身なれば、その事にて仕損ずるは定まりたることなり。不調法(ぶちょうほう)にて何と相勤(あいつと)むべきやとの心遣(こころづか)いは、あるべき事なり。
-
論語・里仁篇子曰わく、古者は言を出さざるは、躬の逮ばざるを恥ずればなり。