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韓非子 / 孤憤第十一

法術之士操五不勝之勢,以歲數而又不得見,當塗之人乘五勝之資,而旦暮獨說於前。故法術之士奚道得進,而人主奚時得悟乎?故資必不勝而勢不兩存,法術之士焉得不危?

新字:法術之士操五不勝之勢,以歳数而又不得見,当塗之人乗五勝之資,而旦暮独説於前。故法術之士奚道得進,而人主奚時得悟乎?故資必不勝而勢不両存,法術之士焉得不危?

書き下し

法術の士は五不勝の勢を操り、歳数を以てして又見ゆることを得ず。当塗の人は五勝の資に乗じて、旦暮独り前に説く。故に法術の士は奚れの道にか進むことを得ん、而して人主は奚れの時にか悟ることを得んや。故に資必ず勝たずして勢両存せず、法術の士焉んぞ危からざることを得んや。

現代語訳

法術の士は五つの点で勝てない立場にあり、何年たっても君主に会うことすらできない。要路にある者は五つの点で勝る資質に乗じて、朝から晩まで一人で君主の前で説いている。これでは法術の士はどの道から進み出ることができ、君主はいつになったら悟ることができようか。だから、資質の面で必ず勝てず、しかも両者の勢いは並び立たないのだから、法術の士が危うくないはずがあろうか。

解説

前段で、法術の士と重臣とを比べ、親しみ・なじみ・言葉の心地よさ・地位・仲間の数という五点で法術の士が必ず負けることを述べたのを受け、その結論を示す一節です。何年も君主に会えない者と、朝夕そばで語る者とでは、勝負になりません。しかも法術の士と重臣は両立できない関係なので、負けた側は失脚にとどまらず命さえ危うい。韓非は、正論が通らない理由を人柄ではなく「接触の頻度と立場」の構造に求めています。現代でも、トップに会う機会の差がそのまま意見の通りやすさの差になっていないか、点検する価値があります。

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