韓非子 / 十過第十
又令人告釐負羈曰:「軍旅薄城,吾知子不違也。其表子之閭,寡人將以爲令,令軍勿敢犯。」曹人聞之,率其親戚而保釐負羈之閭者七百餘家。此禮之所用也。故曹,小國也,而迫於晉、楚之間,其君之危猶累卵也,而以無禮蒞之,此所以絶世也。故曰:國小無禮,不用諫臣,則絶世之勢也。
新字:又令人告釐負羈曰:「軍旅薄城,吾知子不違也。其表子之閭,寡人将以為令,令軍勿敢犯。」曹人聞之,率其親戚而保釐負羈之閭者七百余家。此礼之所用也。故曹,小国也,而迫於晋、楚之間,其君之危猶累卵也,而以無礼莅之,此所以絶世也。故曰:国小無礼,不用諫臣,則絶世之勢也。
書き下し
又人をして釐負羈に告げしめて曰く、「軍旅城に薄るも、吾子の違はざるを知るなり。其れ子の閭に表せよ、寡人将に以て令と為し、軍をして敢へて犯す勿からしめん」と。曹人之を聞き、其の親戚を率ゐて釐負羈の閭を保つ者七百余家。此れ礼の用ゐらるる所なり。故に曹は、小国なり、而して晋・楚の間に迫られ、其の君の危ふきこと猶ほ累卵のごときなり、而るに無礼を以て之に莅む、此れ世を絶つ所以なり。故に曰く、国小にして礼無く、諫臣を用ゐざれば、則ち世を絶つの勢なり。
現代語訳
さらに人をやって釐負羈に告げさせた。「軍が城に迫っても、あなたが私に背かないことは分かっている。あなたの村の門に目印を立てておきなさい。私はそれを命令として、軍に決して手出しさせない」。曹の人々はこれを聞き、親族を引き連れて釐負羈の村に身を寄せて守られた者が七百余家に及んだ。これこそ礼が役立ったところである。曹は小国であり、晋と楚の間に挟まれ、その君主の危うさは卵を積み重ねたようなものであった。それなのに無礼な態度で臨んだ。これが家系を絶やした理由である。だから言う、国が小さいのに礼を欠き、諫める臣の言葉を用いなければ、家系が絶える形勢となる、と。
解説
十過篇の最後の故事の結末です。晋の文公となった重耳は曹を討つにあたり、かつて礼を尽くしてくれた釐負羈の村には目印を立てさせ、軍に手出しを禁じました。すると曹の人々七百余家が親族を連れてその村に逃げ込み、守られたといいます。韓非は、大国に挟まれた小国が礼を欠き、諫臣の言葉を用いなかったことが、曹の君主の家を絶やした原因だと結論づけます。法と術を説く韓非が、ここでは礼の効用をはっきり認めている点が興味深いところです。立場の弱い組織ほど、周囲との関係を丁寧に築く必要があり、一人の誠実な振る舞いが、いざというとき多くの人を守る盾になります。
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『韓非子』十過第十國小にして禮無く、諫臣を用いざるは、則ち世を絶つの勢いなり。
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