韓非子 / 主道第五
明君之道,臣不得陳言而不當。是故明君之行賞也,曖乎如時雨,百姓利其澤;其行罰也,畏乎如雷霆,神聖不能解也。
新字:明君之道,臣不得陳言而不当。是故明君之行賞也,曖乎如時雨,百姓利其沢;其行罰也,畏乎如雷霆,神聖不能解也。
書き下し
明君の道は、臣陳言して当たらざるを得ず。是の故に明君の賞を行ふや、曖乎として時雨の如く、百姓其の沢を利とす。其の罰を行ふや、畏乎として雷霆の如く、神聖も解くこと能はざるなり。
現代語訳
明君の道のもとでは、臣下は言葉を述べておきながら実績がそれに合わない、ということが許されない。だから明君が賞を行うときは、ほどよく降る時節の雨のように温かく、民衆はその恵みを喜ぶ。罰を行うときは、雷鳴のように恐ろしく、神や聖人であってもそれを免れさせることはできない。
解説
明君のもとでは臣下が言葉と実績のずれを許されず、賞は恵みの雨のように、罰は雷のように行われると説く句です。賞は広く行き渡って人を潤し、罰は誰であろうと例外なく下される、という対比が鮮やかです。神聖でさえ解けないというのは、身分や縁故による免罪を一切認めないという意味で、次の句の、遠く賤しい者も必ず賞し、近く愛する者も必ず罰する、という主張に続きます。韓非子全体を通じる信賞必罰の考えを、自然の比喩で印象的に表した部分です。職場でも、報いるときは惜しまず温かく、ルール違反には相手を選ばず毅然と対処することが、公正さへの信頼を生みます。
関連する章句
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『韓非子』八經第四十八一。凡そ天下を治むるは、必ず人情に因る。人情なる者は、好惡有り、故に賞罰用ふべし。賞罰用ふべければ、則ち禁令立つべくして治道具はる。君柄を執りて以て勢に處る、故に令行はれ禁止む。柄なる者は、殺生の制なり。勢なる者は、衆に勝つの資なり。廢置度無ければ則ち權瀆れ、賞罰下と共にすれば則ち威分かる。是を以て明主は愛を懷きて聽かず、說を留めて計らず。故に言を聽きて參せざれば、則ち權姦に分かれ、智力用ひざれば、則ち君臣に窮す。故に明主の制を行ふや天、其の人を用ふるや鬼。天なれば則ち非られず、鬼なれば則ち困しまず。勢行はれ教へ嚴にして、逆らへども違はず、毁譽一に行はれて議せず。故に賢を賞し暴を罰するは、善を舉ぐるの至りなる者なり。暴を賞し賢を罰するは、惡を舉ぐるの至りなる者なり。是れを賞同罰異と謂ふ。賞は厚きに如くは莫し、民をして之を利とせしむ。譽は美なるに如くは莫し、民をして之を榮とせしむ。誅は重きに如くは莫し、民をして之を畏れしむ。毁は惡しきに如くは莫し、民をして之を恥ぢしむ。然る後に一に其の法を行ひ、誅を私家に禁じ、功罪を害せず。賞罰必ず之を知る、之を知れば、道盡く。二。力は衆に敵せず、智は物を尽くさず。其の一人を用ふるよりは、一國を用ふるに如かず、故に智力敵して羣物勝つ。揣りて中れば則ち私に勞し、中らざれば則ち過を任ふ。
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『商君書』修権惟だ明主のみ權を愛し信を重んじて、而して私を以て法を害せず。故に上、惠言多くしてその賞を剋すれば、則ち下は用いられず。數々嚴令を加えてその刑を致さざれば、則ち民は罪に傲る。凡そ賞なる者は文なり、利なる者は武なり。文武なる者は、法の約なり。故に明主は法を慎む。明主の蔽われざるをこれ明と謂い、欺かれざるをこれ察と謂う。故に賞は厚くして利あり、刑は重くして必ず、疏遠を失わず、親近を私せず。故に臣は主を蔽わず、下は上を欺かず。