韓非子 / 主道第五
道在不可見,用在不可知;虚靜無事,以闇見疵。見而不見,聞而不聞,知而不知。
新字:道在不可見,用在不可知;虚静無事,以闇見疵。見而不見,聞而不聞,知而不知。
書き下し
道は見るべからざるに在り、用は知るべからざるに在り。虚静にして事無く、闇を以て疵を見る。見て見ず、聞きて聞かず、知りて知らず。
現代語訳
君主の道は外から見えないところにあり、その働きは外から知られないところにある。心を空しく静かにして自ら事を行わず、暗がりの中から臣下の欠点を見抜く。見ていても見ていないふりをし、聞いていても聞いていないふりをし、知っていても知らないふりをする。
解説
君主は自分の考えや働きを外に見せず、静かに構えて暗がりから臣下の欠点を見抜け、と説く句です。見て見ぬふり、聞いて聞かぬふり、知って知らぬふりをするのは、臣下に君主の好みや関心を読ませず、取り繕う手がかりを与えないためです。二柄篇でも、君主が好悪を見せると臣下はそれに合わせて偽るので、好悪を隠せと説かれています。現代の職場でも、上司が意見を先に言うと部下はそれに合わせた報告しかしなくなります。すべてを隠すのは行き過ぎですが、判断の前に自分の結論を見せず、まず事実を出させる姿勢は、正確な情報を集めるのに役立ちます。
関連する章句
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『韓非子』主道第五虚なれば則ち實の情を知り、静なれば則ち動の正を知る。
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『韓非子』主道第五旧を去り智を去れば、臣乃ち自ら備ふ。故に智有りて以て慮らず、万物をして其の処を知らしむ。賢有りて以て行はず、臣下の因る所を観る。勇有りて以て怒らず、群臣をして其の武を尽くさしむ。是の故に智を去りて明有り、賢を去りて功有り、勇を去りて強有り。群臣職を守り、百官常有り、能に因りて之を使ふ、是を習常と謂ふ。故に曰く、寂乎として其れ位無くして処り、漻乎として其の所を得る莫し。明君上に無為にして、群臣下に竦懼す。明君の道は、智者をして其の慮を尽くさしめて、君因りて以て事を断ず、故に君は智に窮せず。賢者は其の材を勅め、君因りて之に任ず、故に君は能に窮せず。功有れば則ち君其の賢を有し、過ち有れば則ち臣其の罪を任ふ、故に君は名に窮せず。是の故に賢ならずして賢者の師と為り、智ならずして智者の正と為る。
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呂氏春秋・君守①道を得る者は必ず靜なり。靜なる者は知ること無し。知りて乃ち知ること無ければ、以て君の道と言う可きなり。故に曰く、「中に出でざらんと欲す、之を扃と謂う。外に入らざらんと欲す、之を閉と謂う。既に扃して又閉ず。天の用は密なり、准有れども以て平らかにせず。繩有れども以て正さず。天の大は靜なり、既に靜にして又寧なれば、以て天下の正と為す可し。身は以て心を盛り、心は以て智を盛る。智や深く藏れて、實に窺うを得ること莫からんか。鴻範に曰く、「惟れ天、下民を陰隲す。」之を陰にするは、之を發する所以なり。故に曰く、「戶を出でずして天下を知り、牖を窺わずして天道を知る。其の出づること彌々遠ければ、其の知ること彌々少し。」故に博聞の人、彊識の士は闕け、耳目を事とし、思慮を深くするの務めは敗れ、堅白の察、無厚の辯外る。出ださざるは、之を出だす所以なり。為さざるは、之を為す所以なり。此を之れ陽を以て陽を召き、陰を以て陰を召くと謂う。東海の極、水至りて反り、夏熱の下、化して寒と為る。故に曰く、「天は形無くして、萬物以て成り、至精は象無くして、萬物以て化し、大聖事無くして、千官能を盡くす。」此れ乃ち不教の教、無言の詔と謂う。故に以て君の狂を知ること有るは、其の言の當るを以てなり。以て君の惑を知ること有るは、其の言の得るを以てなり。君なる者は、當たること無きを以て當ると為し、得ること無きを以て得ると為す者なり。當ると得るとは君に在らずして、臣に在り。故に善く君為る者は識る無く、其の次は事無し。識ること有らば則ち備わらざる有り。事有れば則ち恢わらざる有り。備わらず、恢わらざるは、此れ官の疑う所以にして、邪の從りて來たる所なり。今の車を為る者は、數官にして然る後成る。夫れ國は豈に特に車を為るのみならんや。衆智衆能の持する所なり。一物一方を以て車を安んず可からざるなり。