韓非子 / 主道第五
道者,萬物之始,是非之紀也。是以明君守始以知萬物之源,治紀以知善敗之端。
新字:道者,万物之始,是非之紀也。是以明君守始以知万物之源,治紀以知善敗之端。
書き下し
道は、万物の始め、是非の紀なり。是を以て明君は始めを守りて以て万物の源を知り、紀を治めて以て善敗の端を知る。
現代語訳
道とは、万物の始まりであり、是非を定める根本の筋道である。だから明君は、始まりを守って万物の源を知り、根本の筋道を治めて成功と失敗の糸口を知るのである。
解説
「主道」は、君主のあるべき姿を道家の言葉を借りて説く篇で、この句はその冒頭です。道は万物の始まりであり是非の基準であるから、明君はその根本を押さえて物事の源と成否の兆しを知る、と述べます。『老子』の思想を法家の統治論に取り込んだ部分で、韓非子には老子を解説する解老篇や喩老篇もあります。ここでの道は、神秘的な原理というより、君主が細部に振り回されずに全体を見渡すための拠り所として語られています。経営でも、日々の案件に追われるより、判断の基準となる原理を握っておくほうが、成功と失敗の兆しを早く読み取れます。
関連する章句
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『管子』君臣上道なる者は、誠に人の姓なり、人に在るに非ざるなり。而して聖王明君は善く知りて之を道びく者なり。是の故に民を治むるに常道有り、而して財を生ずるに常法有り。道なる者は、萬物の要なり。人君たる者、要を執りて之を待てば、則ち下姦偽の心有りと雖も、敢えて殺せざるなり。夫れ道なる者は虚設にして、其の人在れば則ち通じ、其の人亡ければ則ち塞がる者なり。兹に非ざれば是れ以て人を理むる無く、兹に非ざれば是れ以て財を生ずる無し。民治まり財育てば、其の福上に歸す。是を以て明君の道法を重んじて其の國を輕んずるを知るなり。故に一國に君たる者は、其の道之に君たるなり。天下に王たる者は、其の道之に王たるなり。大は天下に王たり、小は一國に君たるも、其の道之に臨むなり。是を以て其の欲する所の者は、能く諸を民に得。其の惡む所の者は、能く諸を民に除く。欲する所の者能く諸を民に得るが故に、賢材遂ぐ。惡む所の者能く諸を民に除くが故に、姦偽省く。冶の金に於ける、陶の埴に於けるが如く、制は工に在るなり。
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『韓非子』解老第二十故に利を欲すること憂ひよりも甚だし。憂ふれば則ち疾生ず。疾生じて智慧衰ふ。智慧衰ふれば、則ち度量を失ふ。度量を失へば、則ち妄りに挙動す。妄りに挙動すれば、則ち禍害至る。禍害至りて疾内に嬰る。疾内に嬰れば、則ち痛禍外に薄る。痛禍外に薄れば、則ち苦痛腸胃の間に雑はる。苦痛腸胃の間に雑はれば、則ち人を傷つくるや憯し。憯なれば則ち退きて自ら咎む。退きて自ら咎むるは利を欲するに生ず。故に曰く、「咎は利を欲するより憯しきは莫し」と。道は、万物の然る所なり、万理の稽まる所なり。理は、物を成すの文なり。道は、万物の成る所以なり。故に曰く、道は、之を理むる者なりと。物に理有りて、以て相薄るべからず。物に理有りて以て相薄るべからず、故に理は之れ物の制たり。万物各々理を異にして、道は尽く万物の理を稽む。故に化せざるを得ず。化せざるを得ず、故に常操無し。常操無し、是を以て死生気禀け、万智斟酌し、万事廃興す。天は之を得て以て高く、地は之を得て以て蔵し、維斗は之を得て以て其の威を成し、日月は之を得て以て其の光を恒にし、五常は之を得て以て其の位を常にし、列星は之を得て以て其の行を端しくし、四時は之を得て以て其の変気を御し、軒轅は之を得て以て四方を擅にし、赤松は之を得て天地と統べ、聖人は之を得て以て文章を成す。道は、堯・舜と倶に智に、接輿と倶に狂に、桀・紂と倶に滅び、湯・武と倶に昌ゆ。以て近しと為すか、四極に遊ぶ。以て遠しと為すか、常に吾が側に在り。以て暗しと為すか、其の光昭昭たり。以て明らかなりと為すか、其の物冥冥たり。而して功は天地を成し、和は雷霆を化し、宇内の物、之を恃みて以て成る。凡そ道の情は、制せず形せず、柔弱にして時に随ひ、理と相応ず。万物之を得て以て死し、之を得て以て生く。万事之を得て以て敗れ、之を得て以て成る。
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『韓非子』主道第五道は見るべからざるに在り、用は知るべからざるに在り。虚静にして事無く、闇を以て疵を見る。見て見ず、聞きて聞かず、知りて知らず。
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『韓非子』主道第五旧を去り智を去れば、臣乃ち自ら備ふ。故に智有りて以て慮らず、万物をして其の処を知らしむ。賢有りて以て行はず、臣下の因る所を観る。勇有りて以て怒らず、群臣をして其の武を尽くさしむ。是の故に智を去りて明有り、賢を去りて功有り、勇を去りて強有り。群臣職を守り、百官常有り、能に因りて之を使ふ、是を習常と謂ふ。故に曰く、寂乎として其れ位無くして処り、漻乎として其の所を得る莫し。明君上に無為にして、群臣下に竦懼す。明君の道は、智者をして其の慮を尽くさしめて、君因りて以て事を断ず、故に君は智に窮せず。賢者は其の材を勅め、君因りて之に任ず、故に君は能に窮せず。功有れば則ち君其の賢を有し、過ち有れば則ち臣其の罪を任ふ、故に君は名に窮せず。是の故に賢ならずして賢者の師と為り、智ならずして智者の正と為る。
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『管子』內業凡そ道は、根無く莖無く、葉無く榮無し。萬物以て生じ、萬物以て成る、之を命づけて道と曰う。天は正を主り、地は平を主り、人は安静を主る。春秋冬夏は、天の時なり。山陵川谷は、地の枝なり。喜怒取予は、人の謀なり。是の故に聖人は時と變じて化せず、物に從いて移らず。能く正しく能く静かにして、然る後に能く定まる。定心中に在れば、耳目聰明にして、四枝堅固、以て精舍と為す可し。精なる者は、氣の精なる者なり。氣あれば、道乃ち生じ、生ずれば乃ち思い、思えば乃ち知り、知れば乃ち止まる。凡そ心の形、知に過ぐれば生を失う。一物能く化する、之を神と謂う。一事能く變ずる、之を智と謂う。化して氣を易えず、變じて智を易えず。惟だ一を執るの君子のみ能く此れを為すか。一を執りて失わざれば、能く萬物に君たり。君子は物を使いて、物に使われず。一を得るの理、心を治むるは中に在り、言を治むるは口より出で、事を治むるは人に加わる。然らば則ち天下治まる。一言得て天下服し、一言定まりて天下聽く、公の謂いなり。
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