韓非子 / 八説第四十七
明主慮愚者之所易,不責智者之所難,故智慮力勞不用而國治也。酸甘鹹淡,不以口斷而決於宰尹,則厨人輕君而重於宰尹矣。上下清濁,不以耳斷而決於樂正,則瞽工輕君而重於樂正矣。
新字:明主慮愚者之所易,不責智者之所難,故智慮力労不用而国治也。酸甘鹹淡,不以口断而決於宰尹,則厨人軽君而重於宰尹矣。上下清濁,不以耳断而決於楽正,則瞽工軽君而重於楽正矣。
書き下し
明主は愚者の易しとする所を慮り、智者の難しとする所を責めず、故に智慮力勞用ひずして國治まるなり。酸甘鹹淡、口を以て斷ぜずして宰尹に決すれば、則ち厨人君を輕んじて宰尹を重んず。上下清濁、耳を以て斷ぜずして樂正に決すれば、則ち瞽工君を輕んじて樂正を重んず。
現代語訳
明主は、愚者にもたやすいことを基準に考え、智者にも難しいことを求めない。だから智恵を絞り力を尽くさなくても国は治まるのである。料理の酸っぱさ・甘さ・塩辛さ・薄さを、自分の舌で判断せずに料理長に決めさせれば、料理人たちは君主を軽んじて料理長を重んじる。音の高低や清濁を、自分の耳で判断せずに楽官の長に決めさせれば、盲目の楽師たちは君主を軽んじて楽官の長を重んじる。
解説
前の段の「愚者にもたやすい方法で治める」を受け、判断を他人に預けると、下の者の忠誠がその預け先に移ってしまうことを、料理と音楽の比喩で示す一段です。宰尹は料理を束ねる長、楽正は宮廷音楽の長で、君主が自分で味や音を判断しなければ、現場の料理人や楽師は君主ではなく長の顔色をうかがうようになります。次の句で、これが政治の是非に及ぶと結論されます。今の組織でも、最終判断を特定の側近や担当者に任せきりにすると、現場はその人に従い、トップの意向が届かなくなります。権限移譲と丸投げの違いを考えさせる比喩です。
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