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韓非子 / 難言第三

臣非非難言也,所以難言者,

書き下し

臣非、言ふを難しとするに非ざるなり。言ふを難しとする所以の者は、

現代語訳

私、韓非は、ものを言うこと自体を難しいと思っているのではない。言うことが難しいと思うわけは、(次のとおりである)

解説

「難言」は、君主に意見を述べることがいかに難しいかを列挙した篇で、この句はその書き出しです。自らを「臣非」と名乗り、言うこと自体が苦手なのではなく、どう言っても誤解される危険があるから難しいのだ、と前置きしています。韓非は吃音で弁舌は得意でなかったと『史記』は伝えますが、ここで問題にしているのは話し方の上手下手ではなく、聞き手の受け取り方です。この後、流暢に話せば中身がないと見られ、誠実に話せば拙いと見られる、という具合に、どんな話し方にも誤解の種があることを並べていきます。伝える側の難しさを、聞き手の側から考える篇です。

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