韓非子 / 難言第三
順比滑澤、洋洋灑灑然
新字:順比滑沢、洋洋灑灑然
書き下し
順比滑澤にして、洋洋灑灑然たれば
現代語訳
言葉が流暢で美しく、堂々とよどみなく連なっていると
解説
「言葉がなめらかで美しく、よどみなく堂々と続いていくと」という一節です。話がすらすらと流れるように上手すぎると、聞いている側はかえって「口が達者なだけで、中身が伴っていないのではないか」と疑いの目を向けてしまうことがあります。会社の会議での説明でも、近所の付き合いでの話でも、あまりに流暢で澱みのない話しぶりは、時に軽さや薄っぺらさの印象を与えてしまうものです。大事なのは、話の上手さと、語っている内容への誠実さとの釣り合いです。どれほど言葉巧みであっても、その奥に確かな中身が伴っていなければ、聞き手の心には届かないという戒めです。
この章句が説くこと
プレゼンテーション信頼性実質主義表現力
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説苑・反質鬼神を信ずる者は謀を失い、日を信ずる者は時を失う、何を以て其の然るを知るや?夫れ賢聖周く知り、能く時日せずして事利す。法令を敬い、功勞を貴べば、卜筮せずして身吉なり。仁義を謹み、道理に順えば、禱祠せずして福あり。故に卜數して日を擇び、齋戒を潔くし、犧牲を肥やし、珪璧を飾り、祠祀を精しくすとも、終に悖逆の禍を除く能わず、神明知る有りて之に事うるを以て、乃ち道に背き妄行せんと欲して祠祀を以て福を求めば、神明必ず之に違わん。天子は天地・五嶽・四瀆を祭り、諸侯は社稷を祭り、大夫は五祀を祭り、士は門戶を祭り、庶人は其の先祖を祭る。聖王は天心を承けて、禮分を制するなり。凡そ古の日を卜する者は、將に以て道を輔け疑を稽え、先んずる所有りて敢えて自ら專らにせざるを示さんとするなり、顛倒の惡を以て安全を幸わんと欲するに非ざるなり。孔子曰く、「其の鬼に非ずして之を祭るは、諂なり。」と。是を以て泰山終に李氏の旅を享けず、易に東鄰の牛を殺すは、西鄰の禴祭に如かずと稱するは、蓋し禮を重んじて牲を貴ばず、實を敬いて華を貴ばざるなり。誠に其の德有りて之を推せば、則ち安くに往くとも可ならざる無し。是を以て聖人は人の文を見て、必ず其の質を考うるなり。
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『韓非子』說難第十二其の説を徑省にすれば、則ち以て不智と為して之を拙とす。米鹽博辯にすれば、則ち以て多と為して之を史とす。
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五輪書・火の巻右書き付くる所、一流剣術の場にして、たえず思ひよる事のみ云ひ顕し置くものなり。今初めて此の利を書き記す物なれば、あとさきと書きまぎるる心有りて、こまやかに云ひわけがたし。乍(さり)去、此の道を学ぶべき人の為には、心しるしに成るべきものなり。我若年より以来、兵法の道に心をかけて、剣術一通りの事にも手をからし身をからし、色々様々の心に成り、他の流々をも尋ね見るに、或は口にていひかこつけ、或は手にてこまかなるわざをし、人目によき様に見すると云ても、一ツも実の心に有るべからず。勿論かやうの事しならひても、身をきかせならひ、心をきかせつくる事と思へども、皆是れ道のやまひとなりて、後々までもうせがたくして、兵法の直道(ぢきだう)世にくちて、道のすたる基(もとゐ)なり。剣術実の道になつて、敵と戦ひ勝つ事、此の法と聊(いささ)か替はる事有るべからず。我兵法の智力を得て、直(すぐ)なる所を行ふに於ては、勝つ事うたがひ有るべからざるものなり。
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