韓非子 / 存韓第二
今專於齊、趙,則韓必爲腹心之病而發矣。韓與荆有謀,諸侯應之,則秦必復見崤塞之患。非之來也,未必不以其能存韓也爲重於韓也。辯說屬辭,飾非詐謀,以釣利於秦,而以韓利闚陛下。夫秦、韓之交親,則非重矣,此自便之計也。臣視非之言,文其淫說靡辯,才甚。
新字:今専於斉、趙,則韓必為腹心之病而発矣。韓与荆有謀,諸侯応之,則秦必復見崤塞之患。非之来也,未必不以其能存韓也為重於韓也。弁説属辞,飾非詐謀,以釣利於秦,而以韓利闚陛下。夫秦、韓之交親,則非重矣,此自便之計也。臣視非之言,文其淫説靡弁,才甚。
書き下し
今斉・趙に専らなれば、則ち韓必ず腹心の病と為りて発せん。韓荊と謀有り、諸侯之に応ずれば、則ち秦必ず復た崤塞の患を見ん。非の来るや、未だ必ずしも其の能く韓を存するを以て韓に重きを為さずんばあらざるなり。辯説属辞し、非を飾り謀を詐り、以て利を秦に釣り、而して韓の利を以て陛下を闚ふ。夫れ秦・韓の交親しければ、則ち非重し、此れ自便の計なり。臣非の言を視るに、其の淫説靡辯を文り、才甚だし。
現代語訳
いま秦が斉と趙に力を集中すれば、韓は必ず腹の中の病となって発症するだろう。韓が楚(荊)と謀り、諸侯がそれに応じれば、秦は再び崤山の要塞で痛い目に遭うことになる。韓非がやって来たのは、韓を存続させることで韓において重んじられようとしているからにほかならない。弁舌を巧みにし言葉をつらね、誤りを飾り謀をいつわって秦から利益を釣り上げ、韓の利益のために陛下の心をうかがっているのだ。秦と韓の交わりが親密になれば韓非の地位は重くなる。これは自分の都合のための計略である。私が韓非の言葉を見るに、でたらめで華美な弁論を飾り立てており、その才はまことに甚だしい。
解説
李斯が韓非その人を名指しで批判する一節です。秦が斉と趙に向かえば韓は腹心の病となって背くと述べたうえで、韓非が韓の存続を説くのは韓での自分の地位を重くするためだと断じ、その弁舌の巧みさをかえって警戒すべき理由に挙げます。「崤塞之患」は、紀元前627年に秦軍が崤山で晋に大敗した故事を指すとされます。この後、韓非は秦で投獄され、獄中で死んだと『史記』は伝えます。説得力のある提案ほど、提案者自身の利益がどこにあるのかを確かめる必要があります。ただし、才ある者を利害だけで退ける危うさも、この話は同時に示しています。
関連する章句
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『韓非子』存韓第二矣。夫れ韓は秦に臣たりと雖も、未だ嘗て秦の病と為らずんばあらず、今若し卒報の事有らば、韓は信ずべからざるなり。秦趙と難を為し、荊蘇斉に使ひす、未だ何如なるかを知らず。臣を以て之を観れば、則ち斉・趙の交は未だ必ずしも荊蘇を以て絶えざるなり。若し絶えずんば、是れ秦を悉くして二万乗に応ずるなり。
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『韓非子』存韓第二趙・秦の強弱は、今年に在るのみ。且つ趙は諸侯と陰謀すること久し。夫れ一たび動きて諸侯に弱きは、危事なり。計を為して諸侯をして我を意ふの心有らしむるは、至殆なり。二疏を見すは、諸侯に強き所以に非ざるなり。臣窃かに願はくは陛下の幸ひに之を熟図せんことを。攻伐して従者をして間せしめば、悔ゆべからざるなり。詔して韓客の上書する所を以て、書に韓子の未だ挙ぐべからざるを言ふを、臣斯に下す。臣斯甚だ以て然らずと為す。
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『韓非子』存韓第二且つ夫れ韓の兵の天下に於けるは知るべきなり、今又強秦に背く。夫れ城を棄てて軍を敗らば、則ち反掖の寇必ず城を襲はん。城尽くれば則ち聚散じ、聚散ずれば則ち軍無し。城固く守らば、則ち秦必ず兵を興して王の一都を囲み、道通ぜざれば、則ち難必ず謀られ、其の勢救はれず、左右之を計る者用ゐられず。願はくは陛下之を熟図せよ。若し臣斯の言ふ所に事実に応ぜざる者有らば、願はくは大王幸ひに辞を前に畢ふるを得しめよ、乃ち吏の誅に就くも晩からざるなり。秦王飲食甘からず、遊観楽しまず、意専ら趙を図るに在り、臣斯をして来り言はしめ、身ら見ゆるを得て、因りて急に陛下と計有らんことを願ふ。今使臣通ぜずんば、則ち韓の信未だ知るべからざるなり。夫れ秦必ず趙の患を釈きて兵を韓に移さん、願はくは陛下幸ひに復た察して之を図り、而して臣に報決を賜へ」と。
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『韓非子』存韓第二韓の秦に事ふること三十余年、出でては則ち扞蔽と為り、入りては則ち蓆薦と為る。秦特だ鋭師を出だして地を取り、韓之に随ひ、怨みは天下に懸かり、功は強秦に帰す。且つ夫れ韓は貢職を入れ、郡県と異なる無きなり。今臣窃かに貴臣の計を聞くに、兵を挙げて将に韓を伐たんとす。夫れ趙氏は士卒を聚め、従徒を養ひ、天下の兵を贅めんと欲し、秦弱からざれば則ち諸侯必ず宗廟を滅ぼさるるを明らかにし、西面して其の意を行はんと欲す、一日の計に非ざるなり。今趙の患を釈きて、内臣の韓を攘はば、則ち天下趙氏の計を明らかにせん。
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『韓非子』存韓第二夫れ韓嘗て一たび秦に背きて国迫られ地侵され、兵弱きこと今に至る。然る所以の者は、姦臣の浮説を聴き、事実を権らず、故に姦臣を殺戮すと雖も、韓をして復た強からしむること能はず。「今趙兵士を聚め、卒に秦を以て事と為さんと欲し、人をして来りて道を借らしめ、秦を伐たんと欲すと言ふ、其の勢必ず韓を先にして秦を後にせん。
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『韓非子』存韓第二今臣の愚議を以てすれば、秦兵を発して未だ伐つ所を名づけざれば、則ち韓の用事者は秦に事ふるを以て計と為さん。臣斯請ふ、往きて韓王に見え、来りて入見せしめん。大王見て、因りて其の身を内れて遣らず、稍く其の社稷の臣を召し、以て韓人と市を為さば、則ち韓深く割くべきなり。因りて象武をして東郡の卒を発し、兵を境上に闚はしめて未だ之く所を名づけざれば、則ち斉人懼れて蘇の計に従はん。是れ我が兵未だ出でずして勁韓は威を以て擒へられ、強斉は義を以て従ふなり。諸侯に聞こゆるや、趙氏は胆を破り、荊人は狐疑し、必ず忠計有らん。荊人動かざれば、魏は患ふるに足らざるなり、則ち諸侯蚕食して尽くすべく、趙氏与に敵するを得べし。願はくは陛下幸ひに愚臣の計を察し、忽せにする無かれ。秦遂に斯を遣はして韓に使ひせしむ。李斯往きて韓王に詔す、未だ見ゆるを得ず、因りて書を上りて曰く、「昔秦・韓は力を勠せ意を一にし、以て相侵さず、天下敢へて犯す莫し、此くの如き者数世なり。前時五諸侯嘗て相与に共に韓を伐つ、秦兵を発して以て之を救ふ。韓は中国に居り、地は千里に満つること能はず、而して諸侯と天下に班位し、君臣相保つを得る所以の者は、世世相教へて秦に事ふるの力を以てなり。先時五諸侯共に秦を伐つ、韓反りて諸侯と先に雁行を為し以て秦軍に関下に嚮ふ。諸侯の兵困しみ力極まり、奈何ともする無く、諸侯の兵罷む。杜倉秦に相たり、兵を起こし将を発して以て天下の怨みに報いて先づ荊を攻む。荊の令尹之を患へて曰く、『夫れ韓は秦を以て不義と為し、而して秦と兄弟となりて共に天下を苦しむ。已にして又秦に背き、先に雁行を為して以て関を攻む。韓は則ち中国に居り、展転して知るべからず』と。天下共に韓の上地十城を割きて以て秦に謝し、其の兵を解く。