太上感応篇 / 悪行・漏脯もて飢を救ひ、鴆酒もて渇を止む
又枉殺人者,是易刀兵而相殺也。取非義之財者,譬如漏脯救飢,鴆酒止渴;非不暫飽,死亦及之。
新字:又枉殺人者,是易刀兵而相殺也。取非義之財者,譬如漏脯救飢,鴆酒止渇;非不暫飽,死亦及之。
書き下し
又た枉げて人を殺す者は、是れ刀兵を易へて相殺すなり。義に非ざるの財を取る者は、譬へば漏脯もて飢を救ひ、鴆酒もて渇を止むるがごとし。暫く飽かざるに非ざれども、死も亦た之に及ぶ。
現代語訳
また、無実の人を曲げて殺す者は、いずれ刀と兵を取り替えて、こんどは自分が殺される側になります。正しくないやり方で財を取る者は、たとえて言えば、腐った干し肉で飢えをしのぎ、毒の酒でのどのかわきを止めるようなものです。しばらくは腹がふくれないわけではありませんが、そのあとに死が来ます。
解説
この書でもっとも有名な比喩が置かれた段です。漏脯は傷んだ干し肉、鴆酒は鴆という鳥の羽で作るとされた毒の酒。どちらも飢えや渇きを確かに一時は満たします。効かないわけではない、だから始末が悪いのだ、というのがこの比喩の眼目です。非不暫飽という二重否定に、その含みがよく出ています。不正な儲けが効かないのなら誰も手を出しません。効くからこそ人は手を出し、そして払う番が来ます。前段の刀兵の一句も同じ形で、人を枉げて殺せば、いつか立場が入れ替わるだけだと言います。うまい話に手が伸びたとき、これは腐った肉か毒の酒かと一度問う。それだけで足りる場面は多いはずです。
この章句が説くこと
不義鴆酒目先報い判断
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