太上感応篇 / 悪行・流星に唾し、虹霓を指す
又以竈火燒香,穢柴作食;夜起裸露,八節行刑;唾流星,指虹霓;輒指三光,久視日月;
新字:又以竈火焼香,穢柴作食;夜起裸露,八節行刑;唾流星,指虹霓;輒指三光,久視日月;
書き下し
又た竈火を以て香を焼き、穢柴もて食を作る。夜起きて裸露し、八節に刑を行ふ。流星に唾し、虹霓を指す。輒ち三光を指し、久しく日月を視る。
現代語訳
またかまどの火を使って香をたき、汚れた薪で食事をこしらえます。夜に起きて裸のまま過ごし、八つの節の日に刑を執行します。流れ星に唾を吐き、虹を指さします。むやみに日と月と星を指さし、長いあいだ日や月を見つめます。
解説
前の段に続く禁忌の列です。かまどの火は食事のための火なので、それで香をたくのは場所ちがいだとされました。八節は立春・立夏・立秋・立冬と二至二分のことで、季節の変わり目に刑を行うのを避けるという考え方です。後半は空に関わる戒めが並びます。流星に唾を吐く、虹を指さす、日月星の三光を指さす、日や月を長く見つめる。いずれも天のものを軽々しく扱うな、ということでしょう。指さすという動作が繰り返し出てくるのが目を引きます。指さしは、こちらが相手を品定めする側に立つ姿勢です。自分より大きなものに対してその構えを取るな、というのがこの一連の戒めの底にあります。
この章句が説くこと
禁忌天三光八節敬い
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