太上感応篇 / 悪行・過ちを知りて改めず、善を知りて為さず
入輕為重,見殺加怒;知過不改,知善不為;自罪引他,壅塞方術;訕謗聖賢,侵凌道德。
新字:入軽為重,見殺加怒;知過不改,知善不為;自罪引他,壅塞方術;訕謗聖賢,侵凌道徳。
書き下し
軽きを入れて重しと為し、殺さるるを見て怒りを加ふ。過ちを知りて改めず、善を知りて為さず。自らの罪を他に引き、方術を壅塞す。聖賢を訕謗し、道徳を侵凌す。
現代語訳
軽い罪を重い罪に仕立て、人が殺されるのを見てさらに怒りを加えます。自分の過ちを知りながら改めず、善いことだと知りながら行いません。自分の罪を他人になすりつけ、人に役立つ技術や知識をふさぎ止めます。聖人賢人をそしり、道徳を踏みにじります。
解説
悪行の第一群を締めくくる段です。まん中に置かれた知過不改、知善不為の二句が、この目録全体でもっとも身近な罪でしょう。知らずに犯す悪ではなく、知っていて動かない罪を、殺人や収賄と同じ表に並べています。壅塞方術は、人の役に立つ技術や知識をふさいで通さないこと。独り占めして次の人に渡さない行いが、この時代からすでに罪として数えられていたことが分かります。自分の罪を他人になすりつける自罪引他も、組織で最も広がりやすい悪です。過ちを知った日にどう動いたかが、その人の次の十年を決めます。
この章句が説くこと
改過不作為責任転嫁道徳善
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