太上感応篇 / 総論・過ちの大小、数百事あり
月晦之日,竈神亦然。凡人有過,大則奪紀,小則奪算。其過大小,有數百事,欲求長生者,先須避之。
新字:月晦之日,竈神亦然。凡人有過,大則奪紀,小則奪算。其過大小,有数百事,欲求長生者,先須避之。
書き下し
月晦の日には、竈神も亦た然り。凡そ人に過ち有れば、大なれば則ち紀を奪ひ、小なれば則ち算を奪ふ。其の過ちの大小、数百事有り。長生を求めんと欲する者は、先づ須らく之を避くべし。
現代語訳
月の末日には、かまどの神もまた同じように天へ告げます。人に過ちがあれば、重ければ紀を削られ、軽ければ算を削られます。その過ちの大小は、数百もの項目に分かれています。長生きを求めようとする者は、まずそれを避けなければなりません。
解説
見張りの三人目がかまどの神です。家の中心である火のそばにいて、月末ごとに天へ報告するとされました。紀と算はどちらも寿命の単位で、紀のほうが重い罰です。ここで注目すべきは最後の一句でしょう。長生きしたいなら、まず避けよ、と言います。何かを足すのではなく、減らすことから始めよという順番です。そして過ちは数百項目あると予告し、このあとの長い目録に読者を送り込みます。善を積む話より先に、やってはならないことの一覧を置く。これがこの書の構えです。増やす工夫より、漏らさない工夫のほうが先に効くという点は、家計でも仕事でも変わりません。
この章句が説くこと
竈神紀算長生過ち戒め
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・怨む者の指摘を得、愛する者の掩護する能はず平生の為す所、怨む我が者をして以て指摘するを得しめ、愛する我が者をして掩護する能はざらしむ。此れ身を省みるの大懼なり。士君子之を慎め。故に我に過ち無くして謗語滔天たるも諒とするに足らず、談笑して之を受く可し。我に過ち有りて幸ひに聞くに及ばずんば、當に寢ぬるに席に貼かず、食らふに咽を下らざるべし。
-
論語・述而篇陳の司敗問う、「昭公は礼を知れるか。」孔子対えて曰く、「礼を知れり。」孔子退く。巫馬期に揖して之を進めて曰く、「吾聞く、君子は党せずと。君子も亦た党するか。君、呉に取りて同姓と為す。之を呉孟子と謂う。君にして礼を知らば、孰か礼を知らざらん。」巫馬期以て告ぐ。子曰く、「丘や幸いなり。苟くも過ち有れば、人必ず之を知る。」
-
論語・子張篇子貢曰く、君子の過ちや、日月の食の如し。過つや、人皆之を見る。更むるや、人皆之を仰ぐ。
-
『呻吟語』内篇・修身・一たび認むれば兩過都て無し過ち有るは是れ一過なり、過ちを認むるを肯んぜざるは又た是れ一過なり。一たび認むれば則ち兩過都て無く、一たび認めざれば則ち兩過免れず。彼の強辯して以て非を飾る者は、果たして何為るぞや。
-
尉繚子・兵教下太上は過ち無く、其の次は過ちを補う。
-
『呻吟語』内篇・修身・清水の魚の如し余は日日過ち有り。然れども自ら信ず、過ちの吾が心に發するは、清水の魚の如く、才かに發せば即ち見え、小しく發せば即ち覺ゆ。所以に卒に其の豪悍を遂げて流浪して收拾す可からざるに至るを得ざるなり。胸中の是非は、原と先に以て之を照らす有ればなり。所以に常に發するは何ぞや。只だ是れ心存せず、養ひ定まらざればなり。