関聖帝君覚世真経 / 第一段・利有りと謂ひて之を行ふこと勿れ
但有逆理,於心有愧者,勿謂有利而行之,凡有合理,於心無愧者,勿謂無利而不行,若負吾教,請試吾刀。
書き下し
但だ理に逆らふこと有りて、心に愧づる者は、利有りと謂ひて之を行ふこと勿れ。凡そ理に合ふこと有りて、心に愧づること無き者は、利無しと謂ひて行はざること勿れ。若し吾が教へに負かば、請ふ吾が刀を試みよ。
現代語訳
ただ、道理に逆らっていて心に恥じるところがあることは、得になるからといって行ってはなりません。道理にかなっていて心に恥じるところがないことは、得にならないからといって行わずにいてはなりません。もしわたしの教えにそむくなら、どうかわたしの刀を試してみるがよい。
解説
この書の実践の中心が、この対句にあります。判断の基準を利害から外し、理にかなうかと心に恥じないかの二つに置きました。得だからやる、損だからやらない、という順序をそのまま逆にしています。しかも二つとも否定形で書かれているのが特徴で、やれとは言わず、そう思ってはならないと止めています。決断の瞬間に働く言い訳を、先回りして封じているわけです。末尾の請試吾刀は、関羽の青龍偃月刀を引き合いに出した強い言い回しで、背いた者は斬るという脅しの形をとります。神が刀で脅すという書き方は今日そのままには読めませんが、それだけ強い言葉で縛らなければ人は利のほうへ傾く、という見立てでもあります。
この章句が説くこと
損得道理判断恥関刀
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