回天詩史 / 尊神尚武の志・名を正し分を尽くす 臣彪の誓い
以明示與彼絶。戒諸國嚴兵備。遂殲十萬之衆於西海。朝鮮之無禮也。航海遠征。八道驚潰。餘威震明國。洋夷之藏禍心也。火其船。戮其人。醜虜破膽。今者承平日久。風俗偸薄。尙武之俗。或讓古焉。而因循不察。萬一失其存於堂者。則姦民狡夷將有起而拾之者。豈可不寒心哉。孔子曰必也正名乎。今日武家。則尙武之風。不可以不振。曰弓馬之道。則將帥之術。不可以不講。當獎學之任。則五典之敎。不可以不明。奉征夷之職。則膺懲之典。不可以不脩也。故尙武之風振。則幕府自昌。夷狄自遠。天地之正氣充。而神州之紀綱張矣。此其大較也。若夫施設之緩急與運用之巧拙。固存乎其人。唯至於其以尊神尙武爲政敎之根本。以明尊攘之大義。則臣彪質諸鬼神而不謬。百世以俟其人而不惑。資質雖駑。竭畢生之心。極終身之力。從事於斯。將上以報國家之鴻恩。下以述先臣之遺志也。所謂斯心奮發誓神明斃而後已者。豈徒乎哉。豈徒乎哉(五月二十九日六月朔錄畢)回天詩史卷之下畢
新字:以明示与彼絶。戒諸国厳兵備。遂殲十万之衆於西海。朝鮮之無礼也。航海遠征。八道驚潰。余威震明国。洋夷之蔵禍心也。火其船。戮其人。醜虜破胆。今者承平日久。風俗偸薄。尚武之俗。或譲古焉。而因循不察。万一失其存於堂者。則姦民狡夷将有起而拾之者。豈可不寒心哉。孔子曰必也正名乎。今日武家。則尚武之風。不可以不振。曰弓馬之道。則将帥之術。不可以不講。当獎学之任。則五典之教。不可以不明。奉征夷之職。則膺懲之典。不可以不脩也。故尚武之風振。則幕府自昌。夷狄自遠。天地之正気充。而神州之紀綱張矣。此其大較也。若夫施設之緩急与運用之巧拙。固存乎其人。唯至於其以尊神尚武為政教之根本。以明尊攘之大義。則臣彪質諸鬼神而不謬。百世以俟其人而不惑。資質雖駑。竭畢生之心。極終身之力。従事於斯。将上以報国家之鴻恩。下以述先臣之遺志也。所謂斯心奮発誓神明斃而後已者。豈徒乎哉。豈徒乎哉(五月二十九日六月朔録畢)回天詩史巻之下畢
書き下し
今者承平日久しく、風俗偸薄にして、尚武の俗、或いは古に譲る。而るに因循して察せず、万一其の堂に存する者を失はば、則ち姦民狡夷、将に起こりて之を拾ふ者有らんとす。豈に寒心せざるべけんや。孔子曰く、必ずや名を正さんか、と。今日の武家においては、則ち尚武の風は、以て振はざるべからず。弓馬の道と曰へば、則ち将帥の術は、以て講ぜざるべからず。学を奨むるの任に当たれば、則ち五典の教へは、以て明らかにせざるべからず。征夷の職を奉ずれば、則ち膺懲の典は、以て脩めざるべからず。故に尚武の風振へば、則ち幕府自ら昌え、夷狄自ら遠ざかり、天地の正気充ちて、神州の紀綱張る。此れ其の大較なり。若し夫れ施設の緩急と運用の巧拙とは、固より其の人に存す。唯だ其の尊神尚武を以て政教の根本と為し、以て尊攘の大義を明らかにするに至りては、則ち臣彪、鬼神に質して謬らず、百世以て其の人を俟ちて惑はず。資質は駑なりと雖も、畢生の心を竭し、終身の力を極め、斯に従事し、将に上は以て国家の鴻恩に報い、下は以て先臣の遺志を述べんとす。所謂、斯の心奮発して神明に誓ふ、斃れて後已む、とは、豈に徒ならんや、豈に徒ならんや。(五月二十九日、六月朔に録し畢る)回天詩史巻之下畢
現代語訳
いま太平が久しく続き、風俗は軽薄になり、尚武の習俗は、あるいは古に及びません。それなのにずるずると過ごして気づかず、万一その堂に残っているものを失えば、悪民やずる賢い夷が、起こってこれを拾おうとするでしょう。ぞっとしないでしょうか。孔子は言いました。必ずや名を正すだろう、と。今日の武家に対していえば、尚武の風は振るわなければなりません。弓馬の道というなら、将帥の術は講じなければなりません。学問を奨励する任に当たるなら、五典(五つの人倫)の教えは明らかにしなければなりません。征夷の職を奉じるなら、懲らしめる典則は整えなければなりません。したがって尚武の風が振るえば、幕府はおのずから栄え、夷狄は自ずから遠ざかり、天地の正気が満ちて、日本の紀綱が張ります。これがその大略です。施策の緩急や運用の巧拙は、もとよりその人にかかっています。ただ、その尊神尚武を政治と教化の根本とし、尊王攘夷の大義を明らかにする点については、私彪は、鬼神に質して誤りなく、百世後に其の人を待っても惑わないでしょう。資質は鈍いですが、生涯の心を尽くし、終身の力を極めて、これに従事し、上は国家の大きな恩に報い、下は亡き先人の志を述べようと思います。いわゆる、この心を奮い立たせて神明に誓う、倒れて後に已む、とは、どうしてむなしい言葉でしょうか。どうしてむなしい言葉でしょうか。(五月二十九日、六月一日に記し終わる)回天詩史巻の下、終わり。
解説
この章句が説くこと
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老子・第10章営魄を載せて一を抱く、能く離るること無からんか。気を専らにして柔を致す、能く嬰児ならんか。玄覧を滌除す、能く疵無からんか。民を愛し国を治む、能く無為ならんか。天門開闔す、能く雌たらんか。明白四達す、能く無知ならんか。之を生じ之を畜い、生じて有せず、為して恃まず、長じて宰せず。是を玄徳と謂う。
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『韓非子』外儲説右下第三十五夫れ賞は之を勧むる所以にして、毀存す。罰は之を禁ずる所以にして、誉加はる。民中立して由る所を知らず、
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論語・雍也篇季氏、閔子騫をして費の宰たらしむ。閔子騫曰く、「善く我が為に辞せよ。如し我を復たびする者有らば、則ち吾必ず汶の上に在らん。」
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『墨子』明鬼下故に昔者、殷王紂、貴きこと天子と為り、富は天下を有ち、勇力の人、費中・惡来・崇侯虎有りて、指寡して人を殺す。人民の衆きこと兆億、侯として厥の澤陵に盈つ。然れども此を以て鬼神の誅を圉ぐ能わず。此れ吾が謂う所の鬼神の罰は、富貴衆强・力勇强武・堅甲利兵と為す可からずとは、此れなり。且つ禽艾の之を道いて曰く、「璣を得ること小なる無く、宗を滅ぼすこと大なる無し」と。則ち此れ鬼神の賞する所は、小なる無く必ず之を賞し、鬼神の罰する所は、大なる無く必ず之を罰するを言うなり。
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『春秋左氏伝』昭公十五年 力を量りて行う晉の荀吳師を帥ゐて鮮虞を伐ち、鼓を圍む。鼓人或いは城を以って叛かんと請ふ。穆子許さず。左右曰く、「師徒勤めずして、以って城を獲可し。何の故にか為さざる」と。穆子曰く、「吾諸を叔向に聞く、曰く、『好惡愆はざれば、民適く所を知り、事濟らざる無し』と。或いは吾が城を以って叛くは、吾の甚だ惡む所なり。人城を以って來るも、吾獨り何ぞ好まんや。甚だ惡む所を賞せば、好む所を若何せん。若し其れ賞せずんば、是れ信を失ふなり。何を以ってか民を庇はん。力能はば則ち進み、否ずんば則ち退く。力を量りて行ふ。吾以って城を欲して姦に邇づく可からず。喪ふ所滋々多からん」と。鼓人をして叛人を殺して守備を繕はしむ。鼓を圍むこと三月、鼓人或いは降らんことを請ふ。其の民をして見えしめて曰く、「猶ほ食色有り。姑く而の城を脩めよ」と。軍吏曰く、「城を獲れども取らず、民を勤めて兵を頓す。何を以ってか君に事へん」と。穆子曰く、「吾以って君に事ふるなり。一邑を獲て民に怠を教へば、將た焉んぞ邑を用ひん。邑以って怠を賈はば、舊を完くするに如かず。怠を賈へば卒へ無く、舊を棄つるは不祥なり。鼓人能く其の君に事へ、我も亦た能く吾が君に事ふ。義に率ひて爽はず、好惡愆はず、城獲可くして民義を知り、死命有る所にして二心無し。亦た可ならずや」と。鼓人食竭き力盡くるを告げて、而る後に之を取る。鼓に克ちて反り、一人をも戮せず。鼓子截鞮を以って歸る。冬、公晉に如く。平丘の會の故なり。
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