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回天詩史 / 跋・跋 先子の遺書の刊行

先子遭厄貶謫。其述此書。雖固出於遣悶泄鬱之餘。平生出處進退之大節。亦可以概見矣。世已有一二三刻本。然誤謬頗多。健常以爲憾焉。今就先子手定本校訂。以付印刷。嗚乎先子卽世已三十有餘年矣。去歲己丑紀元節有贈位之榮。今茲庚寅聖駕東幸亦有祭粢之賜。顧其寵命之所以屢降者。安知非由此等書或潰乙夜之覽哉。先子而有知。則其感激於九泉之下者。果何如也。明治二十三年十一月男健識

新字:先子遭厄貶謫。其述此書。雖固出於遣悶泄鬱之余。平生出処進退之大節。亦可以概見矣。世已有一二三刻本。然誤謬頗多。健常以為憾焉。今就先子手定本校訂。以付印刷。嗚乎先子即世已三十有余年矣。去歳己丑紀元節有贈位之栄。今茲庚寅聖駕東幸亦有祭粢之賜。顧其寵命之所以屡降者。安知非由此等書或潰乙夜之覧哉。先子而有知。則其感激於九泉之下者。果何如也。明治二十三年十一月男健識

書き下し

先子、厄に遭ひ貶謫せらる。其の此の書を述べしは、固より悶を遣り鬱を泄らすの余に出づと雖も、平生出処進退の大節も、亦た以て概見すべし。世に已に一二三の刻本有り。然れども誤謬頗る多し。健常に以て憾みと為す。今、先子の手定本に就きて校訂し、以て印刷に付す。嗚乎、先子即世して已に三十有余年なり。去歳己丑の紀元節に贈位の栄有り。今茲庚寅、聖駕東幸に亦た祭粢の賜有り。顧みるに其の寵命の屢々降る所以は、安んぞ此等の書の或いは乙夜の覧に潰(あら)はれしに由るに非ざるを知らんや。先子にして知る有らば、則ち其の九泉の下に感激すること、果たして何如ならん。明治二十三年十一月 男健識す

現代語訳

父(藤田東湖)は災厄に遭って謹慎の身となりました。この書を述べたのは、もとより憂さを晴らし鬱憤を吐き出すためでしたが、平生の出処進退の大節も、おおよそここから見ることができます。世にはすでに一、二、三の刻本があります。しかし誤りがかなり多く、私(健)はかねてこれを残念に思っていました。いま、父の自筆の定本によって校訂し、印刷に付します。ああ、父が亡くなってすでに三十余年になります。昨年己丑(明治22年)の紀元節に贈位の栄がありました。今年庚寅(明治23年)、天皇が東京に行幸されたときにも、祭祀の費用を賜りました。思うに、これほど恩命がたびたび降るのは、これらの書がもしかすると天皇のご覧に入ったことによるのではないかと考えます。父に知覚があれば、黄泉の下で感激することは、いかばかりでしょうか。明治23年11月、子の健が記す。

解説

跋は、この書を刊行した子の藤田健が、成立の経緯と刊行の理由を記した文です。要点は三つあります。この書が憂いを晴らすために書かれたこと、既存の刻本には誤りが多かったこと、父の自筆の定本で校訂したことです。原文から読み取れるのは、先人の仕事を正しい形で後に伝えようとする継承の姿勢です。現代の管理職も、先任者の仕事や組織の知恵を、誤りのない形で記録し、次に引き継ぐ責任があります。引き継ぎ資料を原本に当たって点検するという姿勢が、信頼を守ります。

この章句が説くこと

回天詩史藤田東湖跋藤田健校訂継承

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